一章

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「それで。なんで俺は俺の深層心理の世界に来たんだ?まさか湯船に溺れて死にそうになったから、なんて理由じゃないだろうな?」




 そう言うとウミカは、口をぽかーんと開けて瞬きを一、二回する。……なにか変なこといったか?




「え、あ……ま、まさかぁ!そんなわけないですよっ。いいですか?どんな物事にもトリガーっていうものがあってですね、あなたがだらしなーく着衣のまんま湯船に突っ込んだことで、この世界に来られた、というわけです!パチパチ~」




 手のひらをリズミカルに叩くウミカを見て、なんだか肩の力が抜けた。よし、死んでない。


それにしても着衣のまま湯船に突っ込んだから、という理由にはいまいちピンとこない。全くわけがわからないが、とりあえず今は納得、というか呑み込むしかないだろう。




「とりあえず、分かった。それで、どうやったら現実世界に帰れるんだ?俺にはこんなところでウダウダ、アンタとお喋りしてる時間はないんだ」




 自分ではそう言ったものの、完全に嘘である。嘘をつく必要は無かったが、一刻も早くここから出たい、家へ戻って自分の安否をこの目で見たい、という焦燥感に似た感情から、口から出まかせが出てしまった。


 ウミカはなにやら、へー……という、まるでこちらを品定めするような低俗な目線で見ている。




「そんなこと言って、いいんですか~?……あとアンタってなんですか!ウミカってちゃんと呼んでくださいっ!」


「あ、あぁ悪い……」




 呼び捨ては良いのか……。それよりも、ウミカの自信に満ち満ちた顔とその物言いに引っかかりを覚える。




「てかなんだその顔。まるで、出口を知ってるみたいな言い草だしよぉ」


「ん?いいや、出口は私も知りませんよ?」


「いや知らねぇのかよっ、ちょっと期待した俺が馬鹿だった……」


「それより、もっと面白可笑しい話、しません?」



 

 ニヤつきながら目を細めるウミカの挑発的な視線を受け、心の海藻がその言葉に絡みつく。




「……面白可笑しい話って、なんだよ」


「だからそんな怖い顔しなくても!……あなたにとって決して悪い話じゃないですよ、青人」


「……?」




 そう言うとウミカは腰に右手を当て、つるぺたんとした威厳のない胸を張って、側にある壁掛け時計を左手の人差し指でビシっと示す。


ごくり、と喉が鳴る。




「この空間から過去を変えに行きましょう、青人!」


「はぁ……やっぱり、真面目に聞こうとした俺が馬鹿だったよウミカ。そんな空想の中だけの話なんて――」


「いいえ。これからあなたの捻れて戻らない過去を、に変えるんです。あなたの手で」




 途端、声音を下げ、いままでのおちゃらけ挑発するような口調から真っ直ぐなものへと変貌を遂げる。その変化にギョッとしつつ、なにかただならぬ恐怖と期待を抱いた。




「……ほんとに、変えられるのか?」


「ええ、変えられますとも。ま、全てはあなた次第ですけど。……どうです?」




 あの過去を、変えられるなら。本当に、変えられるなら――




「疑って悪かった……詳しく、聞かせてくれないか?その話」


「ふふんっ、いいでしょう!でも、今日はもうみたいですね。ほら、手足が透けてます」


「時間切れって……ええっ!?なん、だこれ!?」




 確かに透けている。やがてこの空間自体が靄に溶け込むようにして薄れてゆく。いや、俺の眼が靄になっているのか?


ウミカはゆらゆらと立ち、微笑をたたえる。その姿が消える前に一言だけ。




「また明日の夜にでも会いましょう。……待ってますよ~」




 次に目を開いた時には、ウミカとあの空間が消え、着衣のまま湯船に浸かっている状況であった。

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