悪逆退治のボンノルド

夢見いるか

第1話

「ふあー」

 眠気覚ましのコーヒー(とうもろこしから作られたものだ)を飲み、人心地つく。

 この街、イゴールの居心地が良くなってから、いついてしまった。

 広場では両手を広げて子供たちが遊んでいる。

 ここは喫茶店ココア、老人たちが利用している穴場の喫茶店だ。

「ボンノルドさん、おはよう」

「ボンノルドー!また新しい遊び教えてくれよ!」

「またな、今日はゆっくりしたいんだ」

「おっさんだなー」

「ボンノルドさん!今日こそは武術の稽古、してください!」

「それもまたな」

「そんな〜」

 

 あたりは活気に満ち溢れていて、商店街なんて笑顔で溢れている。

 この街のギャングどもが、二週間前に全滅した。

 娼婦たちは搾取されなくなったし、商売もしやすくなった。

 街の裏側に対する恐怖感がないだけで、街はにこやかに機能する。

 それを俺、ボンノルドはただ見ていた。

 一体誰がそんな偉業を成し遂げたんだろう?そんなふうに嘯きながら。

 

「やあ」

「こんにちは」

 突然話しかけてきたのは憲兵のジョニアだ。まだ若造で、仕事のミスも多いと年配の憲兵がぼやいでいたのを覚えている。

「ボンノルドさん、街にはもう馴染めたかい?」

「ああ、すごく居心地がいい街だと思うよ」

「それもこれも、ギャングどもをやってくれた誰かのおかげだよ、ずっと金問題で脅されてた同僚もいたんだ、それがなくなってよかったよ」

「そいつは確かギャンブルにハマってたんじゃなかったか?」

「お、耳ざといね、ボンノルドさん、もうこれを機にやめるってさ、命が惜しいって言ってたよ」

「何処の世もギャンブルはよくないと思うよ」

「まぁ、そうだね」

 中性的な顔立ちのジョニアは、あまり筋肉がついてないのかすらっとした体型だ、だが理知的な顔つきで、頭の良さが伺える。

「親から憲兵になることを強要されてたけどさ、ギャングがいなくなってやりやすくなったよ」

「そうか」

「休日に文学の本を読むのが趣味でね、知ってるかい?アコーダ・ギトフの新作が王都で発売されたのを!?」

「ああ、俺も実は楽しみにしててな、今度買いに行こうと思ってる」

「なんだって!?僕、今までの全巻持ってるんだよ、大金をはたいて揃えたんだ!一緒に行かないか!?」

「いいよ、長期休暇はとれるのか?」

「まだ僕は未熟者だからね、王都に憲兵の仕事の修行に行くならオッケーだってさ、犯人を捕まえる肉体的なことは難しいが、帳簿なんかはほとんど僕がやってんのさ、あと王都に今までの帳簿の報告も必要だからね」

「引き継ぎは?」

「ギャンブルにハマってた同僚がやってくれるよ」

「それは大丈夫なのか…?」

 

 ともかく、俺はジョニアと王都に行くことになった。

 とうもろこしコーヒーの香りが鼻をくすぐる、花屋は笑顔で老婦人と会話をしている。

 子供達はボール遊びに夢中で、猫が噴水の近くで寝転がっている。

 そんな美しい風景を俺はただ見ていた。

 眠いな、と思った。

 俺はずっとこんな風景に浸ってたかった気がする。

 

 異世界転移で修羅のような日常を送っていた俺からすれば、この風景を見ることができて御の字だ。

 あの頃のことを思い出すと頭がカッとなる。血液が循環し、闘争本能になる。

 そんな体調の変化をこの風景が穏やかにしてくれる。

 

「どうしたんだい?ボンノルドさん」

「大丈夫だよジョニア、万事良好さ」

「おっと、もう仕事に戻らなければ、じゃあ予定組んだらまた会いにくるよ」

「わかった、ココアでまどろんでいるよ」

「了解!」

 

 この風景を写真で撮れないのが悔やみどころだ、いずれ厳しい冬が来て、みんな家に籠るようになる。潤沢な薪で体を温め、スープでお腹を満たす。

 全てが良好なんてことはない世の中で、家族や友人、恋人と過ごす日常を誰かが守っている。

 そんな風景を見て、俺はまた心を鎮める。

 

 許さない…。

 

 心の中の檻から化け物が暴れ出しそうになる。

 まぁ、まて獣よ、お前の出番はまだなんだ。

 イゴールにいたのは末端のギャングだ、王都には元締めがいる。

 

 殺してやる…。

 

 そう、話し合いでは解決しない問題がこの世の中にはある。

 

 すべてを八つ裂きに…。

 

 ああ、いつかそうしてみたいものだ、だが大切なものは守りたい。

 俺はボンノルド、ただのボンノルド。異世界転移をして、この世界に紛れ込んだ異邦人。

 だがもうこの世界の人だ。

 

 受け入れてくれた人たちに感謝しながら、この世界の巡りを見守る。

 

 旧友が今の俺を見たらなんと思うだろうか、転移してすぐ仲間になった彼らは?

 しばらくぶりに連絡でも取ろうか、そう思いながら目を閉じた。

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