第6話
こと、人の生死に関してアリアの予言は外れたことがない。本人が言うには、生身の人間かペットと同様に接するほど死霊たちを身近に感じているというから、その動向を察することもできるのかもしれない。
誰が、とはアリアは口にしなかった。だが、かわいそうだから許してあげると言った。
急速に膨れ上がった嫌な予感に追われるようにアリアは別宅へと駆け戻った。
予告もなく、普段とは異なる時間帯のディアナの来訪に別宅の女中たちは動揺も困惑も隠せないようだった。丁重に扱わなくてはならない伯爵一家の者とは言え、別宅の主は夫人で、ディアナはいまやその愛人のようなものだ。
夫人の気分ひとつで命さえ危うい彼女たちが、夫人に対して自由に話しかけることができるはずもない。
逡巡の末、ディアナは強引に押し通ることにした。夫人の風刃の矛先が彼女たちを向くことがないよう祈りながら。
追いかけてきた勇気ある女中を何度となく振り払い、夫人がいるであろう場所を探して別宅内を足早に駆ける。寝室や食堂、書斎は無論のこと、応接間にも客間にもその姿はなかった。
まさか、と最後に思い至り、北の塔に足を向ける。今日の母の発作を沈めたのは夫人だ。そのまま塔で見守っているかもしれないと、なぜすぐに思い至らなかったのだろうと思った。
普段の母の世話にしてもそうだ。入り口を夫人自身の魔術で閉ざしているのに、夫人がいちいち女中たちに鍵を貸すとは思えない。
嫌な汗が流れるのを感じながら塔の前にたどり着くと、ちょうど夫人が出てきたところだった。
「……あら、どうしたのかしら。帰りなさいと言ったはずよ」
昼間であっても細長い夫人の瞳孔には、何かを見透かされているような気がする。
「いえ、あの……──母が気になって」
アリアの予言など口にできるはずもなく、絞り出すようにディアナは言った。
「あの子ならよく寝ているし、あなたにできることなど何もないわ」
ディアナの真正面に歩み寄り、夫人は少し腰を折ってディアナの肩口に唇を寄せる。ふっ、と耳下に吹きかけられた吐息にディアナは思わず身をすくめた。少しばかり冷えた夫人の手がディアナの頬を包み、その指先は耳珠をくすぐる。
「……愛しているわ、可愛い子」
ディアナの耳もとでささやくと夫人は身を離し、するりとディアナの脇を通り抜けていった。
ディアナはその背を見送り、今しがた触れられたばかりの両方の耳を抑える。母へとつながる扉に手をかけたが、案の定押しても引いても扉は動かなかった。
抱擁の中に、愛撫の合間に愛をささやかれたことは一度や二度ではない。そのたびに抱いた違和感がここでもまた首をもたげる。
夫人はなぜ、なんのために母を塔に閉じ込めて──いや、住まわせているのか。
日がな一日ベッドに横たわっている母が塔を出られるはずなどない。幽閉されているとばかり思ってきたが、あるいは母は守られているのではないのか。もしそうであるとすれば、相手は父をおいて他にない。
ディアナにはできることなど何もないといった夫人の言葉を信じて、アリアの予言がこの時ばかりは的外れであることを願って、今は塔の前を離れるしかなかった。
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