第19話 桃髪の女性
「わたあめ……私は君に、謝らなければいけないことがあります……」
「ふるふっ……?」
自室にて。
よそ行きのワンピースに着替えた私は、わたあめの前で正座していた。
「その……これから行くパンづくり教室はですね……使い魔の参加は不可なんですッ……! マジでごめんなさいわたあめ〜!」
勢いよく土下座する私に、わたあめが「ふるるっ!?」と驚いたように声を漏らす。
それから現実を受け入れたように、「ふるふ」と言って頷いてくれた。
私は安堵しながら、口を開く。
「ありがとうございます。そんな訳で、わたあめには本日お留守番をお願いしたいんですが……ひとりだと寂しいでしょうし、一緒に遊べる誰かがいるといいですよね?」
「ふるふ!」
「そうしたら取り敢えず、別の使い魔の〈深淵の悪魔=ユルラルフィル〉を呼び出してみましょうか……なんだかんだあの子、面倒見よさそうですしね……〈死のような救い・生のような破壊・ユルラルフィル〉」
魔法を唱え終わると、ユルラルフィルが現れる。
わたあめは、ユルラルフィルと三秒ほど見つめ合ったかと思うと――目を閉じて、ぱたりと後ろに倒れた。
「わっ、わたあめ〜!? も、もしかして、深淵に存在するユルラルフィルの狂気的な見た目に耐えられませんでしたか!?」
「――――――――――――……(数多の虫の羽音を集めたかのような、何とも形容し難い恐ろしいユルラルフィルの心配そうな声)」
取り敢えず私は、ユルラルフィルに頭を下げて深淵へと帰還させる。
それからわたあめをゆっくり揺さぶった。
わたあめはぱちりと目を開けると姿勢を直し、「ふるふる……」と言いながらぷるぷる震え出す。
「ごめんなさい、わたあめ……まさかユルラルフィルとの相性がここまで悪いとは思わず……」
「ふるふ〜……」
「そうしたら、誰を呼んでおきましょう……〈蒼茫の天使=キュラルレンティ〉なんて召喚した日には帰ってきた頃この家が瓦礫の山になっていそうですし……使い魔じゃなくて、マルハナ2にお願いしますか」
「ふふるるっ」
わたあめが頷いてくれる。
私はいつも通り超高度な分身魔法を唱えて、マルハナ2を呼び出した。
*・*・
マルハナ2に無事わたあめを預け、私はコハナさんと昨日もやってきた町ライミルイアに訪れていた。
コハナさんは左手で私と手を繋ぎながら、右手に持ったチラシを眺めて何やら難しげな顔をしている。
「うーん、多分この辺りだと思うんだけれど……」
どうやら、中々目的の場所がわからないらしい。
私もライミルイアの商店街ならそこそこ土地勘があるが、住宅の多いこの辺りのことはよく知らないので、余り力になれずにいた。
――――そのとき、だった。
「あのっ……もしかして、パンづくり教室に参加される方ですか?」
思わず息を呑んだ。
そんな訳ない、と思う。
でも――その声の響きが、本当によく似ていて。
私は恐る恐る、振り返った。
目を見張る。
長かったはずの桃色の髪は、パツンと短めに切り揃えられていたけれど。
神秘的な薄紫色の瞳も、透き通った白い肌も、浮かべている柔らかな表情も――――
――――彼女が間違いなく、勇者パーティーの一人だった魔導士リリアン=ドレーシレイであることを感じさせて。
何も言えずにただ瞬きを繰り返す私の隣で、コハナさんが「あっ、はい、そうなんです!」と言葉を返す。
「やっぱり、そうですよね! 場所、ちょっとわかりにくいですよね……わたしも初めて来たときは迷っちゃいました。よければご案内するので、わたしに着いてきてくれませんか!」
「わあ、ありがとうございます……! ……ほら、マルハナ。お姉さんにお礼を言わなきゃね」
コハナさんの言葉に、私ははっとなる。
目を伏せながら、口を開いた。
「あの……どうも、ありがとう、ございます」
ぎこちないお礼の言葉を告げると、視界にリリアンの顔がドアップで映し出される。
「ひゃっ!」
「あっ、ごめんごめん! 驚かせるつもりはなかったんだ……! お名前、何て言うの?」
「ええと……マルハナ=セグセーミュ、です」
「へええ、マルハナちゃんって言うんだ! 可愛いお名前だねえ、よろしくね! あっ、わたしの名前はね……」
一瞬、他人の空似である可能性が頭をよぎった。
でも、
「……リリアン! 気軽に名前で呼んでくれたらうれしいなあ、えへへ」
彼女が口にした名前は、やっぱりそれで。
私は取り敢えず、「リリアンさん……マルハナを、どうぞよろしくおねがいします」と頭を下げることしかできなかった。
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