第17話 星空

「ぶえっくしょーん!」

「ふるふ〜!?」


 夜中、自室にて。

 椅子に座っていた私の大きなクシャミに、机の上に乗ってうとうととしていたわたあめが驚いたように飛び跳ねる。


「ああ、すみません……なんか今、途轍もなく『どこかに行ってあげた方がいい感』を覚えたんですが、一体何でしょうね?」

「ふるふる?」


 不思議そうに首を傾げるわたあめに、私は伸びをしながら「まあ、気のせいですかね〜」と口にした。


「それにしても……既にあったモモミーピッグ貯金箱と今日買ってきたプラスモモミーピッグ貯金箱、並べると親子みたいで可愛いですね……」

「ふふる〜ふっふ!」


 机の上に置いた二つの貯金箱を、私は頬杖をつきながらにこにこ眺める。


「モモミーピッグもプラスモモミーピッグもちょっとモフモフしてる魔物ですし、私のにぎやかなスローライフの仲間に勧誘してもいいかもしれません……」

「るふるふ」

「……あっ、そうだ! 今日種を植えた野菜たちと花たちの様子、ちょっと見に行きましょうよ! もしかしたら気の早い子が既に芽を出してるかもしれませんし!」

「ふるふ〜! ふるふふるっ!」

「善は急げッ! レッツゴーですよ〜!」

「ふっふる〜!」


 私とわたあめは、勢いよく部屋を飛び出した――――


 *・*・


 自宅の庭にて。

 私は光の魔法を使って、芽が出ているかどうかをチェックしていく。

 けれど、植えたときから特に変わった様子はなかった。


「うーん……まあまだ半日も経っていませんし、気が早すぎましたか……」

「ふるふ〜……ふるっ!」

「ん、どうかしましたか?」


 わたあめの向いている上の方を、私も見る。


 ――――そこに広がっていたのは、美しい星空だった。


 それぞれ少しばかり異なる色味できらきらと輝く星々が大空に散りばめられていて、何故だかどうしようもなく、


(あれ……どうして私、今、懐かしいって思ったんでしょう……)


 答えは、案外簡単に導かれた。


(ああ……そうか。シグレと一緒に見た満天の星と、似ているからですか……)


 私は目を細めて、その記憶を思い出した。


 *・*・


 あの夜私は、崖に腰を下ろしながら星空を眺めていた。


「…………眠れないのですか?」


 そんな声が後ろから聞こえて、振り返る。

 立っていたのは、シグレだった。

 普段なら結わかれている雪のような白髪は、夜だからか下ろされている。

 灰青色の瞳には、星々が淡く映り込んでいた。


「そうですね……色々考え事をしてしまって」

「考え事、ですか。内容をお聞きしても?」

「……別に、大したことではないんですよ。ただ、勇者をやっていると……好かれる反面、憎まれることも多いじゃないですか。私は全ての人間を救うことはできない……九救うことはできても、結局一零れてしまうんです。その、零れた一のことを、本当に大事に思ってる人たちがいて、まあそりゃあその人たちから見たら、私って悪ですよね。だって九は救えてるんですから……」


 そこまで言って、私ははっとなった。

 つい、話しすぎてしまった。

 いけないと思って、私は無理矢理笑顔をつくる。


「あはは、まあ、それだけです。いやあ、だめですね、こんな雑魚メンタルで世界救おうとしてるなんて、笑われちゃいますよね。あはは……」

「ティアラさん」


 名前を呼ばれて、私とシグレの目が合った。

 彼は夜闇の中でもわかるほどに、優しい眼差しをしていた。


「……自分は、笑いません。むしろ、美しいと思います。人は誰だって弱さを抱えている……その中で尊くあろうとすることが、自分には途方もなく美しく、温かく映るのです」


 シグレの言葉に、私は目を見張る。

 ……彼の方を見るのをやめて、また、星空を眺めた。


「シグレ。本当に、綺麗ですね。空」

「ええ、本当に」

「……綺麗すぎて、何だか、涙出てきます」


 嘘だった。

 私の心を刺したのは、本当は彼の言葉だったというのに。

 それを悟られるのが、恥ずかしかったのだ。


 歪んだ視界に、ハンカチが差し出される。

 いつの間にか、シグレは私の隣に座っていたようだった。

 私は「……ありがとうございます」と言って、流れ落ちる涙を拭く。

 それから二人で、長い間何も話さずに星空を見つめた。


 *・*・


(優しい人、でしたね……)


 私はきゅっと、服の端を握る。


(シグレは今、何をしているんでしょうか。……きっともう、会うことはないんでしょうが)


 そう考えながらぼんやりとしていると、わたあめが不思議そうに「ふるふ?」と声を掛けてくれる。


「あはは、別に何でもないですよ。……ただ少し、懐かしかっただけで」

「ふるる」


 そんな言葉を交わしてから、私はもう一度、満天の星を見上げた。

 ……とても、綺麗だった。

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