第6話 マルハナ2
朝ご飯を食べ終え、歯磨きを済ませた後自室に戻ってきた私は、背中からぼふっとベッドにもたれこむ。
それから腕を組み、スローライフについて計画を練ることにした。
「さて、何から始めましょうかね……私の理想のスローライフのスタートに、相応しいイベント……」
目を閉じながら、色々と思案を巡らせてみる。
――――そんな私の脳内に、天啓かのようにいい案が降ってきた!
「――――もふもふ」
私は目を開き、その四文字をそっと呟く。
それから、がばりと起き上がった。
「それだ……もふもふですよ〜、もふもふッ! スローライフを送るにはやはり、可愛いもふもふに囲まれなくてはなりませんが! うおお、ナイスアイデアすぎますよ私〜!」
両手を握りしめながら、私はうんうんと頷く。
「そもそも今いる私の使い魔二体、見た目も声も正気が削れていきそうな〈深淵の悪魔=ユルラルフィル〉と、敵味方関係なく全てを滅ぼそうとする〈蒼茫の天使=キュラルレンティ〉ですもんね……戦闘のときは強い味方でしたがどう考えてもスローライフ向きではないですし……今こそ、可愛くて癒されるもふもふ魔物をテイムするべきときッ!」
もふもふへの想いを馳せながら、口角を上げた。
「使い魔と仲良くなるのも時間が掛かりますし、取り敢えずまずは一体テイムしに行きますか……んー、どのもふもふ魔物がいいですかね……」
顎に手を添えながら、私はうんうんと悩む。
――――少しの間そうしていたら、またしてもいい案を思い付いた!
「そうだ……フルッフリュー! フルッフリューにするしかないですが!」
フルッフリュー。
〈優しい終わりの森〉に生息する、げきレアなもふもふ魔物だ。
ちっちゃい身体はふわふわの毛に覆われていて、色は白、薄茶、茶、黒など様々。ピンと立った耳がチャームポイントだ。
警戒心が強く、中々人間の前に姿を現さないことで有名だ。現に私も実際のフルッフリューを見たことはなく、昔魔物図鑑で目にしたくらい。
そのとき余りの可愛さに、「かわええ……」という言葉が口をついて出たのを覚えている。
「ふふふ……あのげきかわもふもふをたっぷりモフれると思うと、笑顔が止まりませんね……善は急げということで、早速テイムしに行きますかッ!」
右手を掲げつつ、決意を固めた私。
しかしそのタイミングで、部屋の扉がガチャリと開かれる。
立っていたのは、マルティスさんだった。
私はすぐさま脳を「マルハナ=セグセーミュモード」に切り替え、彼の方へと駆け寄る。
「パパ、どうしたの〜? マルハナに、なにかよう?」
「ああ、そうだぞ! 今日はパパもお仕事お休みだから、ママと三人でお出掛けしようじゃないか」
「えっ、えええ〜っ!?」
マルティスさんの提案に、私は内心で焦りを覚える。
今すぐにでもフルッフリューを迎えに行きたいのに、このままだと何か別の用事が入ってしまいそうだぞ……!?
「どうだ? マルハナはどこか行きたいところとかあるか?」
「ええと、えーと……マルハナはね、〈やさしいおわりのもり〉に、いきたい!」
「や、〈優しい終わりの森〉!? そ、そんな危ないところには行けないぞ!? というかあの森をどこで知ったんだ……?」
「…………ゆ、ゆめにでてきたの〜」
目を泳がせながら言う私に、マルティスさんは「夢で実在の地域を……!? やはりマルハナは、天才なんじゃあないか!?」と感動している。ご、誤魔化せてよかった。
「でもまあ、〈優しい終わりの森〉は危険だからやめておこうな。そうしたら、ママと三人で相談しよう。服を着替え終わったら、下まで降りてきてくれるか?」
「ウ…………ウン…………」
どうにか返答した私に、マルティスさんは微笑んでから扉を閉める。
彼が階段を降りていく音を聞きながら、私は頭を抱えた。
「あああ〜……予定がダブルブッキングしちゃいましたよ〜トホホ……でももふもふを諦めたくないし、だからと言って折角の家族の時間を断るのもあれだし……こうなったら、"あの手"を使うしかないですね!」
私は目を閉じて、意識を集中させる。
「〈存在する影・美しく煌めく鏡・白色と黒色を持つ獣〉」
そう唱えて、目を開いた。
――――目の前にいるのは、淡い橙色の長髪と群青色の瞳を持つ、幼女。
もう一人の、マルハナ=セグセーミュだ。
「よーし、うまくできましたッ!」
「おめでとうございます〜!」
私ことマルハナ1は、目の前のマルハナ2とハイタッチする。ぱちん、と小気味いい音が部屋に響いた。
今使ったのは、超高度な分身魔法だ。
分身魔法にも色々あるが、これは特に難易度が高い。どこが特徴的かと言うと、分身の私が実際の私とほぼ同じ能力を有する、魔法を解除したとき分身の私が得た記憶を引き継ぐことができるという二点だ。
つまりこの分身魔法を使えば、二つの出来事を同時にこなせていると言っても過言ではないのだ。
私は、マルハナ2と目を合わせる。
「それじゃあ、マルハナ2。私はもふもふをテイムしに行ってくるので、マルティスさんとコハナさんとのお出掛け、お願いしてもいいですか?」
「いいですよ〜、任せてください! もふもふのテイム、頑張ってくださいね!」
「もっちろんです!」
マルハナ2は私へと笑顔で頷き返すと、パパッと服を着替えて部屋から出ていく。
残された私は、敬礼のポーズをしながら「ありがとうございます、マルハナ2……」と呟いた。
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