第4話 魔法
魔法を使うためには、精霊から呪文を授かる必要がある。
この世界には数え切れないほどの精霊が存在して、かれらは気に入った人間へ呪文を教えるのだ。
その呪文は教わった本人しか使うことができず、他の人が一言一句同じ言葉を唱えたとしても、何一つ魔法は生まれない。
だから、魔法を使いたければ、自力で精霊に気に入られるしかない――――
そんなルールを思い出して、私はベッドから降りつつ渋い顔をする。
「いやあ、流石に難しいですかね……いくら私ことマルハナの前世が私ことティアラだったとして、一応他人ですし……あああ、あんだけ覚えた魔法が全部無に帰したと思うと、テンション下がりますよ〜……」
がっくしと肩を落とす。
それから、まあでも、と口にした。
「試してみないことにはわかりませんしね? 駄目元で、なんか一つやってみますか……」
私は腕を組みながら、どの魔法を唱えてみるか考える。
「どうせなら難しいやつがいいですかね、でもこの家を吹き飛ばしたりはしないやつで……んぬー……そうだ、あれにしますか!」
いい案が思い付いて、私はぱちんと手を鳴らす。
それから目を閉じて、意識を集中させた。
「〈海の中から聴こえる歌声・透明な球状の世界・歪みをもたらす浮遊〉」
そう、口にして。
願いながら、目を開く。
――――視界に広がるのは、部屋の中をふわふわと漂う、数多の水の玉。
私はその光景に、少しの間呆然として。
それから、笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ええええッ! 嬉しすぎる誤算ですが〜!? めちゃめちゃ使えるじゃあないですか魔法ッ!」
ひとしきり喜んだ後で、「〈消失〉」と唱えると、水の玉たちは一気に消えていく。
それから私は、いやでも、と口にした。
「もしかしたら、この魔法だけ謎に使えてるだけかもしれないですね……うわあだとしたらショックすぎますが……夏のプールづくりには事欠かなくなりそうですが……ま、他の魔法も試してみますか」
うんうんと頷いて、私は再び魔法を唱えてみることにする。
「〈柔らかな明日・昼下がりの微睡み・全てを包み込む大地〉」
――そう唱えれば、まるでトランポリンのように床一面が柔らかくなり。
「〈真理は虹・どこかで微笑んでいるあのひと・骨のような白色〉」
――そう唱えれば、部屋全体が豪雪の日のように真っ白く染まり。
「〈死のような救い・生のような破壊・ユルラルフィル〉」
――そう唱えれば、使い魔である〈深淵の悪魔=ユルラルフィル〉が召喚され。
私は嬉しさの余り、白い部屋でユルラルフィルと一緒にぽよぽよ跳ね回った。
「うわあああああい! 使えますッ、使えますよ〜! いえええええい!」
「――――――――――――!(地底を這いずるかのような、何とも形容し難い恐ろしいユルラルフィルの笑い声)」
私はユルラルフィルとハイタッチする。
それから、部屋の有り様を元に戻し、またねを言ってユルラルフィルを深淵へと帰還させた。
ぼふん、とベッドに背中から倒れ込む。
「いやあよかったあ……多分精霊との呪文は、魂的なものが同じなら使えるんですね……と、いうことはですよ〜」
私は両腕を天井に向けて掲げながら、にやりと笑った。
「これからのマルハナ人生では、この数多のげきつよ魔法を、スローライフを送るために使いまくれるってことじゃあないですか……ふふふ……ふふははは、ハーッハッハッハッハッ!」
思わず、高笑いしてしまう。
魔法を使った疲れか何だか眠たくなってきたので、私は部屋の電気を消してベッドに入り、寝ることにした。
「……そういえば、五歳なのに一人で寝てるんですね、私。なんか理由とかあるんですかね?」
呟いた私の耳に、グゴガガガガガという声が聞こえてくる。
どうやら、下の階から聞こえてくるいびきのようだった。
「なるほど……私の耳がいいとは言え、階が違うのに届くいびき……確かにこれだと……側では寝れませんね……むにゃ」
意識が、段々と薄れていく。
取り敢えず最後に、最高の転生をさせてくれた神様とやらに、心の中でお礼を述べておいた。
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