疎遠だけど受験生になった義妹が僕の部屋に泊まりに来る
佐波彗
第1話
――お前んち兄妹いる? ああ、妹いるんだ? 仲いいの? へー、普通かぁ。オレのところはこれでもわりと上手くいってる方でさー。
大学の友人から、そんなことを言われた。
僕にとって、『妹』はデリケートなトピックだ。
その時は適当に誤魔化したけれど、そんなことでは僕が抱える『妹』の問題はもちろん解決しない。
実家に残してきた『妹』のことを、あいつ元気でやってるかな、程度に考えるに留めて、それで一旦解決ということにして一人暮らしの生活へと意識を戻す。
クリスマスを迎える直前、実家の父さんから連絡が来た。
滅多に帰省しない僕へのお小言かと思ったのだが、違った。
――
一瞬悩んだけど、結局は了承した。
帰省しない僕には家族への罪悪感があって、それを少しだけ軽くするいい機会だと思ったから。
まだ先のことだ、と気楽に考えていたものの、私大受験者が慌ただしくなる2月は思ったよりすぐにやってきてしまった。
まるで、好き放題過ごした夏休みの最終日になって放置していた宿題を目の当たりにする小学生みたいな気分だ。
「……マズいな、もう行かなきゃ」
僕はスマホを確認して、憂鬱な現実を目の当たりにすると、文字通り重い腰を上げて駅へと向かった。
★
「――そろそろ、夕梨花が乗ってる電車が来る頃かな」
都会の中でも寂れた田舎町とされる場所に構えられた、小さな駅。
眩しいくらいの夕日が差し込む駅舎に立っている僕は、改札からまばらな乗客を吐き出す光景を、緊張感を抱えながらじっと見つめていた。
中でも、制服を着た女子の姿が見えるたびに、僕の緊張は増した。
僕より3つ年下の高校3年生で、大学受験を明後日に控えている。
今になって、父さんの頼みを引き受けたことを後悔してしまう。
実家にいる時、僕と夕梨花は必ずしも良い『兄妹』ではなかった。
僕たちの間には少しだけ特殊な事情があって、特別な力を持たない陰キャで平民な僕では、その問題を対処できず、そのまま今に至るわけだ。
かと言って、嫌ってるわけでもないんだけど。
ただ、どう接すればいいのかわからないだけだ。
だからこそ、何か粗相してしまわないか、夕梨花が万全の体調で受験に挑む邪魔になってしまうのでは、なんて、あれやこれや心配をしてしまうわけ。
「……父さんも何考えてんだか。僕に頼らなくたって、もっと大学に近くて綺麗なホテルとか旅館があっただろうに」
まあ、血の繋がった親子として、その意図をまったく推測できないわけじゃない。
いい機会だから、これを機に家族として仲を深めさせようというのだろう。
でも、何もそれを、娘にとって人生の大きな関門の一つである第一志望の受験の時にぶつけてこなくたっていいじゃないか。
「ん? あれかな?」
明らかに都民ではない雰囲気をまとった女の子が、改札から吐き出されてきた。
長い黒髪は特徴的で、今どき腰まで伸ばすなんて邪魔じゃないかと思うのだけれど、その艷やかで美しい髪を目にすると、やっぱり伸ばす方が正解だよなと思い直してしまう。
生まれてこの方、修学旅行のようなイベントを除いて雪国から外へ出たことがないからか、肌はとても白い。
膝下まで覆うネイビーカラーのダッフルコートを着込んだ姿は、いかにも雪国からやってきましたと思える出で立ちだ。
目の前に現れてしまったら、もう無視はできない。
あと、棒立ちになったまま辺りをキョロキョロしていて落ち着きがなく、田舎から出てきました感が露骨な姿は、放っておいたら悪い奴に攫われないか心配だ。
「夕梨花~。こっち!」
手を振ると、夕梨花は恥ずかしそうに微笑みながら手を振り返してくれた。
夕梨花は、キャリーケースを引っ張っていることもあって、目を離したら転びそうな不安定な足取りでこちらに寄ってくる。
「ごめんね、陽一くん。待たせちゃった?」
「いいや、いま来たところだよ」
実は結構待ってる。
絶対遅刻しないようにしよう、と考える程度には、僕はこの約束を大事にしているのだ。
「それにしても随分久しぶりだよ。年明けにビデオチャットしたけど、直接顔を合わせるのは……どれくらいぶりだったかな?」
「わたしが高校に入学して初めての夏休みに会って以来かなぁ」
「そうそう。あー、もうそんなに帰ってないのか~」
「あと陽一くんの成人式の時」
「ああ、確かに実家に顔出したね。結局その時は、向こうの友達のところに泊めてもらったんだけど。ていうかよく覚えてるなぁ」
「だ、だって。陽一くん、あまり帰って来ないから……」
「いやぁ、帰ろう帰ろうとは思ってるんだけどね。こっちに根を張っちゃうと、色々予定があって帰省の予定までは立てられないんだよ。……それにしても、相変わらず『お兄ちゃん』とか『兄さん』とは呼んでくれないんだな?」
「あっ、呼んだ方が良かったかな……? 今まで一度もそう呼んだことないから、言ったら悪いのかなって思って」
「……いや、いいって。ちょっと冗談で言っただけだから」
「ご、ごめんね」
どうやら、久しぶりの再会でまたしても僕は接し方を間違えたらしい。
変に気安くしすぎただろうか?
以前夕梨花と会った時は、どういう感じで喋っていたかな……?
罪悪感に苛まれた僕は、夕梨花が手にする重そうなキャリーケースに手を伸ばす。
「荷物、持つよ」
「えっ、だ、大丈夫だよ、これはわたしが持つから!」
「気を遣わなくていいんだよ。夕梨花は大事なお客様だから。明後日の受験まで体力は温存しといた方がいいよ」
夕梨花は昔から遠慮しがちなところがあって、今回もきっとそんな夕梨花が出てきているのだろう。
「そ、それじゃ……お願い。えっと、気をつけてね?」
遠慮がちというよりは、心配そうにこちらにキャリーケースを寄越してくる。
そんなに僕は非力に見えるかな?
けれど、夕梨花が心配していたのは僕じゃなかったんだ。
キャリーケースをゴロゴロさせて歩こうとした時。
突然、爆発したんだ。
どうも留め具が壊れていたらしく、縁石の段差でガコンって音がすると同時、キャリーケースが勢いよく開き、中の荷物が噴出した。
「わ、わ、だから言ったのに……」
「悪い……まさか壊れてるとは」
幸い、散らばった衣類には見られて恥ずかしいものはない。
噴き出して散らばってしまった衣類やポーチを回収して、バッグに押し込む。
「新幹線に乗ろうとした時、なんかぶつけちゃっちゃって。留め具が変になっちゃったの。だから気を付けて引っ張らないとさっきみたいなことになって……だから、これはわたしが持っていくね?」
「あ、ああ、そうだね。そっちの方がいいかも」
けれど、重い荷物を夕梨花に持たせて僕だけが手ぶらというのは、なんだか気持ちが落ち着かなくて、仕方がないので夕梨花が背負っていた小さなリュックを持つことになった。
なんとも『兄』らしくない、みっともない結果だ。
「じゃ、行くか。ここから15分くらいで着くから。足疲れてない?」
「平気。ずっと座ってたから、ちょっと歩きたいくらいだよ」
夕梨花は僕を追いかけるようにして隣に並ぶ。
いや、隣というより、僕のちょっと後方だ。
ひょこひょこと僕にくっついてくるようなかたちになる。
夕方ということもあり、駅前に軒先を連ねるキッチンカーやスイーツショップが、香ばしかったり甘かったりする匂いを放っている。それに引き寄せられた、夕梨花と同年代らしい学生たちが、包み紙を片手におしゃべりに花を咲かせていた。
一方の僕らは沈黙続き。
まるで僕らだけ、宇宙空間に放り込まれてしまったみたいだ。
このまま家路につくのは……ちょっと気が重い。
「父さんはどう? 元気?」
「うん、すごく元気」
「母さんは?」
「今日も早起きして、新幹線で食べるお弁当用意してくれたよ」
「そっか」
良かったよ、と口にしたところで、また会話が途絶える。
かつてこれほど駅から家にたどり着くまで息苦しく感じる時間があっただろうか?
いや、話したいこと、聞きたいことはあるのだ。
けれど僕には、夕梨花のプライベートなところにどれほど踏み込んでいいのか、ちっともわからない。
きっと、夕梨花も僕と同じなのだろう。
思春期真っ盛りに親の都合でいきなり『兄妹』という関係性になってしまったことに、今も慣れずにいる。
夕梨花と僕は血が繋がっていない。
僕が高校三年生の時に父親が再婚してできた、義理の妹だ。
だというのに、お互い距離感を測りかねて会話が途切れがちになるなんて、そんなところは似なくてもいいんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます