眷属達は世界を喰らう。

ウルシの木

エピローグ

初夏特有の赤と青が混ざり合った、どこか神秘的な夕日が顔を出し街が夜に入る頃。

ある街の裏路地で、特徴的なつやのある黒髪の少年と複数の男と戦っていた。


「はっ、はっ、はっ、クソ!」


少年は悪態あくたいを吐きながら魔法を放つ。


少年と戦う男達は全部で5人。それぞれ剣を持った男が2人、ナイフを持った男が2人、杖を持った男が1人だ。

男達は少年を半円状に囲い、じわじわとその輪を狭めており何時でも攻撃出来るようタイミングを窺っている。


「ハッ!」


少年は手を伸ばし水魔法【ウォーターショット】を5つ同時に男達へ放つ。一つ一つが常人が扱う【ウォーターショット】とは比べ物にならない速度と威力を秘めたものだ。


「チッ」


男達は後退しながら回避、又は結界などでやり過ごす。

少年と男達の間には3mほど距離ができ、その隙に息を整える。


「…………」


「…………」


距離ができ睨み合いになるが、男達が先に動く。ナイフを持った男がスキル《縮地》を使い、少年へ一足で肉薄する。


「いけっ」


少年は散弾のように、小さくした【ウォーターショット】を幾つも広範囲に発射してナイフ男を迎え撃つ。


「っ!」


ナイフ男は咄嗟にバックステップして魔法の範囲外へ逃れる。


「次は俺だッ!」


サーベルを持った男がナイフ男と入れ替わるように突っ込んで来る。


「シッ!」


「食らっとけ!」


少年は特大の【ウォーターショット】をサーベル男の足元目掛けて撃ち込む。

特大【ウォーターショット】は地面に接触すると鉄砲水のようにその質量と衝撃波でサーベル男に襲いかかる。


「なっ!スキル《不屈》!!」


サーベル男は水と衝撃波に吹き飛ばされて壁に激突する。ダメージは入ったようだが変わらず闘志を宿した目でこちらを見てくる。


男達は体制を整えて少年の方へ向き直る。


「ガキで、しかも水魔法でそんだけの威力を出せんのは大したもんだが、ずっと魔法を使ってんだ。そろそろ魔力が無くなってきたんじゃねぇか?」


「観念した方が身のためだぞぉ」


「後ろのガキも連れてにこっちにきてくれよ」


「…………」


幅広の剣を持った男とナイフを持った男が少年に少しずつ近づきながらが話しかけて来るが少年は無視して後ろにチラッと目をやる。

少年の後ろには美しい金髪をポニーテールに纏めた少女が倒れていた。意識は無いが苦しげな表情をしている。


「なんだよ折角俺が話しかけてやってんのに無視すんなよぉ」


「本当だぜ、楽しくお喋りしようとしてんのに」


男達は軽口を言い合いながらも確実に少年との距離を詰めていく。

少年も【ウォーターショット】で牽制していくが男達は隙を見てにじり寄る。


「俺達はお喋り大好きだからぁ……なっ!」


ある程度距離を詰めると俺の目の前にいた幅広の剣を持った男が全身に魔力を纏って突っ込んでくる。


「この、人攫ひとさらい共がっ!」


少年は残り少ない魔力を振り絞って向かってくる男に【ウォーターショット】を放つ。しかし…


「そう何度も通じるかよって!」


男は剣に濃密な魔力を纏わせて【ウォーターショット】を叩き落とす。


少年は即座に次の魔法を放とうと魔力を練り上げる。

その瞬間、


「がぁっ!?」


少年の右足は切り裂かれ、脇腹にはナイフが突き刺さる。ナイフの男と杖の男による突っ込んで来る男を隠れ蓑にしたスローイングナイフと風魔法の攻撃だ。

少年が攻撃に反応した隙に眼前まで迫った男が剣を振り上げる。


「おらよッ!」


男は剣を勢いよく振り降ろした。


「くっ!ぐあぁぁぁぁ!!」


少年は咄嗟に腕をクロスして魔力を集中させダメージを軽減しようとするが、流石に大人の筋力と真剣による攻撃は簡単に防げない。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」


少年の腕は切り裂かれ血が吹き出す。焼けるような激しい痛みが少年に襲いかかり、あまりの痛みにその場で蹲ってしまう。


「やっと大人しくなったぜ」


「そいつも一応商品なんだぞ?黒髪のガキは珍しいからな。………まぁいい。おい、抵抗出来ないようにしとけ。」


「ああ、分かった」


剣の男は少年を仲間の位置まで蹴り飛ばす。


「がぁぁぁぁぁっ!!」


男達は少年を囲うと暴行を加えてゆく。


「がっ!かぁっ!ゔっ、ぶぅぉっ!」


「まっ、こんなもんか」


少年は3分程で解放されたが、顔は血塗ちまみれれで全身に痣ができ、腹部も凹んでいる。

少年は腕を斬られたことによる大量出血と暴行による内蔵の損傷、風魔法とナイフの傷、まだ幼くて脆い体を纏武てんぶで無理やり強化した反動で既に死に体だ。


「さてと、本命を回収するか」


「そうだな、早くしないとそろそろ衛兵が来るかもしれない」


男達は金髪の少女の方へ歩いていく。


「………」


少年は鉛のように重いまぶたをなんとか開いて少女の方を見る。

男達は何やら話しているが良く聞こえない。

男の1人が少女を持ち上げて下卑た笑みを浮べ、舐めるように全身を見回す。


「…………」


少年は思う。前世の記憶があるのに少女1人守れない自分はなんて情けないんだ。無力なんだ。非力なんだ。他に何かないのか、少女を助ける方法が。知恵を絞れ。考えろ。自分に出来る事は。

何かないのかっ。

…………………………………


無かった。今の少年に出来る事は。

今にも生命活動が止まりそうな体、魔力も殆ど残っていない。少年に出来る事は何も無いのだ。


少年は思わずには居られない。

(あぁ、もし俺のスキルが目覚めていたらこんな事にはならなかったかも知れないのに。目覚めていたら彼女を救えていたかも知れないのに。この状況をどうにか出来たかも知れないのにっ)


少年はうつろろな眼で少女を必死に見ながら意識を手放した。



バシャ



次の瞬間、少年の体を中心に黒い沼が出現する。墨汁を床にぶちまけたように真っ黒で、光を全て吸収しているかのような異質な色だ。

黒い沼は瞬く間に円状に広がり一帯を漆黒に染め上げる。

それだけではない。漆黒の水面に大きな影が浮かび上がる。

ナニカがいる。

水面に近づいてくる影は8~9m程だろうか。


少しずつ姿を表すソレはとても奇妙な生物だった。甲殻に包まれた6本の脚とわにを思わせる巨大な口、全長の3分の1程を占める太くて長い尾、全身を覆う硬質な鱗。まるで虫と爬虫類を混ぜ合わせたような、まさしく化け物の姿だ。


化け物は三本の細い線のような目を怪しく光らせるとゆっくりと鎌首をもたげ、その大きな口を開く。




『グゥゥゥゥゥゥガァァァァァァァ!!!』




化け物はうめき声にも似たおぞましい産声を黄昏の空に響かせた。


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