2

 西の空に、今にも沈みそうな日が最後の光を放って、空を赤く染め上げている。

 夕日に照らされた宮之台駅の前にある広場は、無数のビルが立ち並んでいて、その間を縫うように行き交う影が何人も見られた。

 ただ、その人影は普通ではなかった。

 広場を歩き回る人影は、しばらく歩いたと思うとその場で立ち止まり、くるりと振り返ると反対側へと歩いていく。駅前の広場だというのに、目的もなくうろついている者が多かったのだ。

 そして、広場をさまようように歩く人影の額には、小さな角のような突起が伸びていた。突起は1つあるものもいれば、3つの長さの異なる突起が額から突き出ているような姿もあった。

「こちらフウマ。宮之台駅前広場に、無数の鬼を確認した」

 駅前広場に面するビルに、広場をうろつく鬼たちを見る少年の姿があった。

 白のアーミージャケットがときどき吹く風に揺れて、その下には黒のタクティカルパンツとアーミーブーツがのぞく。

 白と黒の衣服を着た少年は、ビルの壁面に垂直・・に立っていた。両足で、まるで普通に地面でそうするように壁に立つと、眼下の広場を見下ろす。

 しばらくして、右耳の中に入っているワイヤレスイヤホンに触ると、小さく声を出した。

「警戒しないといけなさそうなのが、二体いるな」

 フウマは眼下に広がる鬼の姿を見た。広場には敵の鬼たちが集結しており、その中でも目立つ見た目をしている鬼が二体いた。

 体中に目が開いている鬼と、縦にも横にも人の三倍はありそうな、巨大な体を持つ鬼。

百目鬼どうめき巨鬼きょきだ。やっぱりこれだけ鬼が集まっているのは、“百鬼夜行実行委員会あいつら”が好き勝手してるからだろうな」

 手や腕、首筋など、服のすき間から見える部分から目が見える百目鬼どうめきは、その名の通り体中に無数の目が開いている鬼だ。これらの目はあらゆるものを見通す力を持ち、隠れることは不可能に近い。さらに、目からは強力な光線を放つことができ、その破壊力はビルの壁をも貫通する。

 巨鬼(きょき)は、その名の通り凄まじい大きさを誇る鬼だ。彼の筋肉は鋼のように硬く、普通の攻撃では傷一つつけることができない。戦うことに特化した彼の戦闘力は圧倒的で、一撃で地面を揺るがすほどの力を持っている。

二体の鬼は周囲を見渡しているが、まだフウマに気が付いていないようだった。

「フウマくん、準備できてる?」

「いつでもいいぜ、コニシキ。鬼を倒すときはお前頼みだ。タイミング合わせてくれよ」

「もちろん」

 ワイヤレスイヤホンに、別の場所に隠れているコニシキの声が返ってくる。

 コニシキは忍術が得意で、特に火遁の術に長けている。彼の炎は敵を焼き尽くすほどの威力を持ち、広範囲にわたる攻撃ができる。

「モミジ、お前の準備は?」

「あら。上川くんの準備が終わるのを待っていたつもりだったんだけど、もう始めても良いのかしら」

 フウマが尋ねると、ワイヤレスイヤホンから女の子の声が返ってくる。

「そうかい。なら、いくぜ」

 フウマは深呼吸をすると、彼はビルの壁をゆっくりと降り始めた。少しずつ歩くペースが上がり、あるところで走り出す。

 その瞬間、百目鬼の目の一つがフウマを捉えた。

 百目鬼が手のひらをフウマに向けると、手のひらに開いた目が赤く光り、光線が放たれる。フウマはビルの壁を転がって光線を避けると、ビルを駆け下りていく。

「コニシキ、雑魚の相手は任せるぞ」

 フウマが叫ぶと、広場に炎が波のように広がっていき、鬼を押し流すように飲み込んでいく。

 コニシキが発動した火遁の術だ。

 百目鬼は炎の波を避けていたが、周りをうごめいていた鬼は半分以上炎にやられ、影の闇の中に溶けるように消えていった。

「あの大きいやつはわたしが気を引く!」

 コニシキの火遁の術で渦巻いていた炎が引いていくと同時、巨鬼に向かって、モミジが走っていく。

 モミジは両腕に着けた、自分の背丈と同じくらいの機械の腕を振り回すと、巨鬼の顔をばしり、と打ち付ける。

「――!」

 巨鬼が声にならない叫び声を上げて、体がぐらりと傾いた。

「こっちはわたしが気を引き付ける!」

 モミジが右手を巨鬼に向けると、指先から手裏剣が飛び出し、音を立てて巨鬼に突き立つ。

 モミジは両腕に大きな機械製の義腕「からくり義腕」を装着していた。その中にはありとあらゆる忍具が内蔵されていて、モミジが腕を軽く振ると、からくり義腕はがちゃがちゃと音を立てた。

 モミジは巨鬼に向かって突進した。からくり義腕から次々と忍具を繰り出し、巨鬼の攻撃をかわしながら反撃する。

 巨鬼が振り下ろした拳をさっとかわしたモミジは、義腕から鉤縄かぎなわを取り出して巨鬼の脚を絡め取り、腕の一振りで巨鬼を引き倒した。

「上川くん、今!」

 モミジが叫ぶと、フウマはビルの壁を蹴って空へと躍り出た。

 一瞬の浮遊感。

 やがて、落下が始まり、フウマのアーミージャケットがバタバタとはためく。

「――」

 フウマを見上げる百目鬼の口元が動くと、体中の目から光線を放つ。

 落ちていくフウマは迫る光線を前に、地面に向かって何かを投げつけた。

 数十本の光線がフウマの体を貫く寸前、

「代わり身の術!」

 どろん、という音とともにフウマの姿が煙に包まれた。

 光線が煙を貫いた。

 煙が完全に消えたとき、フウマの姿はすでに地面に降り立っていた。

 再び、どろん、という音がして、フウマは引き倒された巨鬼の頭上に現れる。

「これで終わりだ!」

 そう叫んで、フウマが腰に提げた刀を抜いた瞬間、百目鬼の放った無数の光線が、フウマの体を撃ち抜いた。


 3


「わーっ!!」

 フウマはベッドから飛び起きた。

 汗が額に滲み、心臓が激しく鼓動している。

 彼は周囲を見回したが、忍者も、鬼も、自分を撃った光線もない。

 自分の部屋にいることを確認して、フウマはほっと息をついた。

「なんだ、夢だったのか。……そりゃあそうだよな、忍者だの鬼だの、最近読んだ漫画のせいかな」

「フウマ、そろそろ起きなさい」

 ドアの向こうから、母さんの声がする。

「今起きたよ。変な夢を見てたみたい」

 フウマはドア越しに返事をすると、のそのそとベッドから降りた。

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