酸の湖

 ダンジョンの中を進んで行く。

 まず不思議に思ったのは地下にいるはずなのにやたらと明るいということだ。

 そして所々に柱や人工物のような物体も散見される。

 確かに普通の洞窟とは違うようだ。


「ダンジョンの中の魔物ってちょっと変わってるよな、ローランド」

「そうだなナッシュ。姿は似ているが雰囲気が少し違う気がする」


 道中で何度か雑魚敵と戦ったが、外の魔物とは様子が違う。やや好戦的な印象を受ける。


「まだ上層だからそんなに強くはないけど、こいつらはその辺の魔物よりも狂暴だからな。気ぃつけろよ」

「了解した」

「うぃっす」

「はい」


 オレとナッシュ、そしてもう1人の生徒は各々返事をするが、エリックだけは反応もぜず、つまらなそうな表情をしながらしれっとついてくる。


「ダンジョンってのは一言で言えば別世界だ。地上には存在していない魔物や物質がそこら中にある。滅びた旧文明の遺構だとか、異界と繋がっているとか、色々な説があるが、詳しいことはよくわかってないみたいだな」

 とにかく、西方の森とは勝手が違うことはわかった。


「お宝とかいっぱいあるのか?」


 ナッシュが尋ねる。


「いっぱいかどうかはわからないが、あるぜ。冒険者たちはお宝よりも、魔物から取れる素材をコツコツ集めてるみたいだけど」

「そっか。じゃあ見つけたらみんなで山分けな」


 そうそう見つかるものでもないだろう。


「お、なんだ? このキラキラした奴は?」

 ナッシュがダンジョンの側面に生えていた赤い結晶に触れる。


「うおっ!」


 触れた瞬間、反射的に手を離した。


「すげぇ痺れたぜ」

「そいつには触んないほうがいい」


 そうユベル先輩は忠告する。


「一体これは何ですか?」


 一見、赤いだけの普通の魔法石に見える。

「結晶化した闇の魔力とか言われてるけど、詳しいことはわかんねー。とにかく、赤い奴には触るな」


 よくわからない物質だ。

 後でフィーネにでも聞いてみよう。


「そろそろこのフロアも終わりか。次からは敵も強くなるから気を引き締めろよ」


 ダンジョンの探索はまだまだ続く。




 * * *




 ダンジョンのさらに奥へとやってきた。

 開けた場所に黄色く濁った湖が広がっており、鼻につく匂いが漂ってくる。


「地底湖のようだが、この液体は飲めそうにはないな」


 おそらく水ではない。


「ああ、ここは酸の湖だ。落ちたら溶けるから気をつけろ」


 誤って湖に落ちないように気をつけて進まなければいけない。

 一応、危険性がどれほどなのか確かめておきたいところだ。


 オレはその辺に転がっていた魔法石を持ってきて地面に置く。

 次に杖を取り出し、魔法で湖の酸を持ってきて魔法石にかける。


「え? ヤバくね?」


 あっという間に魔法石が溶ける。

 開いた口が塞がらないとは正にこのことだ。


「硫酸でもこんな溶け方しないぞ」


 自分の持っている魔力や強さとか関係なく、落ちたらアウトだ。


「ここは俺が先行する。足元に注意しながら進もう」


 ユベル先輩を先頭にして進んで行く。

 先輩の後をすぐついていったのはエリックだ。その後をオレとシモーネ。一番後ろにナッシュの順で隊列を組む。

 湖に落ちないよう、注意深く進んで行く。

「グギャアアッーー!」


 突如、後方からの咆哮に耳を抑える。


「何だ!?」


 後ろを振り向くと、蛇のような細長い魔物が湖から胴体を出していた。

 目のようなものは見当たらないが、頭部が丸ごと口になっており、そこから突き出た4本の牙がこちらを睨むかの如く蠢いていた

 体は堅い殻のようなものに覆われており、頑丈そうだ。


「グギャアアアッーー!」


 魔物はこちらに襲いかかって来る。


「俺に任せろ!」

「待て」


 ナッシュが制止する間もなく一目散に魔物に飛びかかる。

 このままだと魔物の体に付着した酸に直接触れてしまう。


「仕方ない。エンチャント・フリゴール」


 ナッシュに向けて放ったのは氷属性の付与魔法。

 引いた右脚に氷が纏わりつく。


「うおりゃあぁぁー!!」


 魔物の口にナッシュの凍った脚が直撃する。


「グギャアアーー」


 魔物は湖へと沈んでいく。


「お前ら、なかなかやるな」


 咄嗟の判断にしてはうまくいったほうだろう。


「だが、次からはいきなり飛びかかるなよ、ナッシュ。今回はローランドの魔法のおかげで助かったが、あれがなかったら酸をくらってたぞ」

「すんません」


 ユベル先輩はナッシュに釘を刺す。

 しかし結果としてナッシュの行動は吉と出た。

 あいつが突っ込まなかったら、他の誰かがやられていたかもしれない。


「お前がいなかったら死んでたかもしれねぇ。助かったぜローランド」

「ああ、礼には及ばない」


 それにしても、あの魔物を弱点部位とはいえ、一撃でノックアウトさせるとは恐れ入った。

 あの付与魔法に攻撃力を上げるような効果はない。

 無論、魔力は使ってるはずだが、素手であの攻撃力は相当なものだ。


「うっし、もっと進もうぜ。こんな場所には用はねーよ」

「ったく。これじゃあ先輩である俺の出番がないな」


 そうしてオレ達はこのフロアを抜けていった。

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