90 絶体絶命

「まさか、万が一にでもこの私に勝利できたとでも……本気でお思いでした?」


 邪悪な笑みを浮かべながら魔然王はそう言う。

 

「ど、どうなってんだ……!? アイツはたった今焼け死んだはずじゃねえのか……!」


 冒険者の一人がそう叫ぶ。

 事実、港の先端には今もなお魔然王の焼死体が残っていた。


「ああ、それですか。今そこで倒れているのはあくまで私から分裂した端末でしかありません。そんなものを倒して喜んでいた皆さまの様子は、滑稽極まりないものでしたわ」


 つまるところ、つい先程まで咲と会話をしていた魔然王は本体では無かったのである。

 所詮は本体から分裂しただけの端末であり、咲はそれを倒したに過ぎないのだった。


「それなら本体を倒せばいいだけ」


 咲はそう言うやいなや、魔然王に再び熱線を放った。


「あらあら、随分とまあ矮小な攻撃ですこと」


 しかしその攻撃は全くと言って良い程に効いておらず、彼女は咲を煽るように笑った。

 自然の化身たる彼女に、熱による攻撃は通用しないのだ。


「攻撃とは……こうやるのです!!」


 魔然王が雷を落とす。

 それは先程までのものとは比べようもない程に大きく、凄まじい威力を持っていた。

 

「嘘だろ……!?」

 

 その結果、たった一撃でバルエニアを覆っていたバリアを破壊したのである。

 そしてバリアで無力化することが出来なかったために街の一部が炎上し始めてしまう。


「これでバリアは無くなりました。次の攻撃をもって、バルエニアは壊滅するのです」


 そう言うと魔然王は再び雷を落とすために腕を振る。


「あら……?」


 しかし雷は落ちない。

 気付けば常に雷が轟いていたはずの雷雲はいつの間にやら静かになってしまっていた。


「雷のストックが切れてしまいましたか。ですがまあ……十秒も経てば回復するでしょう。それまでに覚悟を決めておきなさい? 愚かなる人類よ」


「くっ……このままじゃ街が……。けどメルトライザーでも駄目だともう、アレしかない」


 咲は最後の手段を思い浮かべていた。

 津波を消し去れる火力を持つメルトライザーでさえ、魔然王には通用しなかったのだ。

 そうなればもう正真正銘最後の手段となるアルティメットカルノライザーになるしかなかった。


 しかし、この形態には致命的な弱点があるのだ。

 そのため出来るならば使いたくはないものであった。


「いや、迷ってる暇はない……!」


 咲はベルトへと手を伸ばす。

 その時だった。


「咲! こいつを使え!」


「カルノン!?」


 ふよふよと飛んできたカルノンが持っていた謎の武器を咲に向かって投げたのだった。


「よっと……これは?」


 それを受け取った咲だが、それが何なのかはわからなかった。同様に使い方も全くもってわからずにいた。


「って、これは」


 そんな時、咲は武器にメモらしきものが貼られていることに気付く。


『こいつはワイら穏健派が開発した魔導ランチャーや。威力が恐ろしいさかい、常人が使えるもんではあらへんが……あんたなら使いこなせるやろ』


 それはゼルからのメモだった。

 またそこにはこの魔導ランチャーなる武器の使い方も書いてあったため、早速咲は書いてある通りに魔然王へと照準を定めた。


「目標を中心に定めて……スイッチ!」


 咲が武器に取り付けられているスイッチを押した瞬間、轟音と共に凝縮された魔力が魔然王に向かって飛んで行った。


「なっ……!!」


 突然の攻撃に避けることも出来ず、魔導ランチャーによる攻撃は魔然王に直撃した。

 そして凝縮された魔力は着弾点を中心に大爆発を起こす。


「これで今度こそ……」

 

 とてつもない反動によって大きく後方へと吹き飛ばされた咲は、今度こそ本当にやっただろうとそう思いながら立ちあがった。

 それはもはや願いにも似たものであったのだが……どうやら叶うことは無かったらしい。


「はぁ……はぁ……今のは驚きました。ええ、物凄く驚きましたよ。死ぬかと思いましたからね」


「嘘でしょ……」


 爆発が晴れた時、そこには右半身を失った魔然王が立っていたのである。

 魔導ランチャーの攻撃が当たる瞬間、彼女はギリギリの所で致命傷を避けることに成功していたのだった。

 

「中々やってくれますね……ですが、それもここまで。今度こそ本当の本当に終わりです」


「くっ……それならもう一度!」


 咲は再び魔導ランチャーのスイッチを押す。

 だが、どういう訳か攻撃が放たれることは無かった。


「無理なんだ、咲……」


 カルノンは咲の元まで飛んで行くと、弱々しい声でそう言った。


「どうして!」


「その武器は消費する魔力が多すぎて、一回しか使えないらしいんだぞ……」


「そんな……!?」


 魔導ランチャーは今の時点でまだ未完成であり、一度使用するとしばらくの間は使用できなくなってしまうのだった。

 そのため、魔導ランチャーはもう魔然王を攻撃することは出来なかった。


「こうなったらもうアレしか……!」


 咲は再びベルトへと手を伸ばす。


「お、おい……もしかしてアレをやる気なのか!? だ、駄目だぞ! あれをやったら咲が……!!」


「けど、やるしかないよ」


 カルノンの制止を押し切り、咲はベルトのケースから全てのリングを取り出してベルトへと装着した。

 そしてこれまでと同じようにベルトのボタンを押す。

 

『集結! カルノ、スピノ、トリケラ、パラサ、ケツァル……今こそ顕現せし、究極にして最強の力!! アルティメットカルノライザー!!!』


 するとこれまでにない程に騒がしいかけ声と共に、恐竜を模した無数のアーマーが彼女の体を覆い尽くしていった。

 これこそが彼女の持つ最強の形態、アルティメットカルノライザーなのである。

 その能力は凄まじく、魔龍王を簡単に葬り去ったグレートカルノライザーすらも遥かに凌駕するだろう。


「はぁぁっ!!」


 咲は地を蹴って魔然王へと向かって跳躍した。

 そして強烈な拳を彼女にぶち込む。


「ぐぁぁっ!? な、なんなのですっ! この威力、は……!!」


 咲のたった一度の攻撃で魔然王の腹部は吹き飛んでいた。

 その後も咲は躊躇うことなく彼女に攻撃を叩きこんでいく。


「これで……終わり……!!」


 最後の一撃が終わるのと同時に、魔然王の巨体は崩れ始めた。


「はぁ、はぁ……か、勝った……」


 魔然王の姿が朽ちて行くのを見た咲は安心したのか穏やかな声でそう呟く。

 そして、全身から力が抜けた彼女はその場に倒れてしまった。


「咲!!」


 アルティメットカルノライザーの最大にして唯一の致命的な弱点。

 それはあまりにも強大過ぎる力ゆえに、エネルギーの消耗が激しいことである。

 この形態は咲の生命力を大量に消費してしまうのだ。


 そのため、全エネルギーを使い切った咲は気絶してしまった訳である。


「待ってろ……今、桜のところに連れてってやるからな!」


 カルノンは桜であれば咲を治せるだろうと思い、意識を失っている咲を抱えて桜とゼルの元へと向かって飛び始めた。

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