89 恐るべき自然の力

 魔然王の後方で巨大な津波が発生した。

 当然それは自然の化身である魔然王たる彼女が引き起こしたものであり、バルエニアの全てを津波で流し去ってしまおうとしているのである。

 

「に、逃げろ!! あんなのどうしようもねえよ!!」


 港に集まっていた冒険者たちが一斉に逃げ始める。

 いくら凄腕冒険者と言えど、所詮は人間なのだ。津波と言う自然災害を前にしてはどうすることもできなかった。


 しかし、ここから逃げた所でもう間に合わないだろう。

 それに街が飲みこまれれば建物内に避難している者たちは助からない。

 そしてなにより交易の中心となっているここが落ちれば大陸の人類文明は大打撃を受けることになる。

 バルエニアだけではなく、大陸の人類そのものが完全にチェックメイトにはまってしまっていた。


 ……と、言うのはあくまで咲がいなかった場合の話である。


「させない!」


 咲はもう一つのベルトを呼び出し、そのボタンを押す。


『融解……! 脈動……! メルトライザー!!』


 その瞬間、太陽の光のように温かな粒子が彼女の周りを覆う。

 そして陽光のような眩いオレンジ色のスーツに溶けた氷を模したアーマーが装着されていった。

 彼女はカルノライザーからメルトライザーへと変身したのである。


「ぬぅん!!」


 咲が力むと、胸の真ん中にある水晶から高密度の熱線が放たれた。

 その熱量は凄まじく、津波に当たるやいなや次々と蒸発させていった。


「な、なんなのですかその力は……!!」


 魔然王も彼女のメルトライザーとしての力は想定外だったようで、それまでの余裕綽々と言った雰囲気は奇麗さっぱり消え去り、これでもかと言う程に驚きまくっていた。


「で、ですがこの程度は序の口……私の本気はこれからですわ!」


 そう言うと魔然王は再び手を振り上げる。

 するとただでさえ大きかった雷雲がさらに巨大化し、同時に雷の轟く音も増えたのだった。


「魔霊王の時と同じ……!」


「あんなまがい物と一緒にしないでくれません? この私こそが、本来の使い手なのですから!」


 どうやら魔霊王がアルタリアに出現した時の雷雲は彼女が彼に貸し与えたに過ぎないものであったらしく、本来の規模はあの時の数倍は優に超えるものであった。

 流石にこれほどの威力の雷ともなれば、直撃すればいくら咲であっても無傷とはいかないだろう。


「さあ、受けなさい! これこそが自然の怒り……! 神の雷なのです!!」


 魔然王がそう叫んだその瞬間、辺りが真っ白な光に包まれる。

 そしてほんの少し遅れて轟音が街を襲った。


「自然に敵対すると言うことはこう言う事なのです。その身で知るといいですわ」


 不敵な笑みを浮かべながら、魔然王は勝ちを確信した様子でそう言った。


「……あれ?」


 しかし咲は無事だった。

 それどころかどういう訳か街にすら一切の被害はなかった。


「な、何が起こっていますの……!?」


 この結果は魔然王も想定外だったらしく、目に見えて焦っているようだった。


 そんな時、冒険者の集団の中から声が聞こえてくる。


「おい! 街は俺たちが守ってやるからお前は戦いに専念してくれ!!」


 そう叫んだのは一人の魔術師だった。

 だがいくら高位の魔術師と言えどあれほどの雷を無効化出来るものなのだろうか。

 否、彼一人では絶対に不可能だろう。


 しかしである。

 彼には頼れる仲間がいた。

 ここバルエニアには多くの人々が集まるのだ。必然、腕に自信のある魔術師がかなりの数揃うことになる。


 そして、ここにきて魔然王の判断ミスが響いていた。

 先程の津波は実体を持つ都合上、魔法によるバリアでは防ぐことが出来なかった。

 だが雷には実体が無く、魔法によって生み出される属性攻撃と同一のものであるのだ。


 その結果、実力のある魔術師複数人が練り上げた魔法バリアがバルエニアを覆い、それによって魔然王の放った雷は無力化されたのだった。


「こ、小癪なまねを……! で、ですが……いくら魔法で防げるとはいっても、私の雷をそうポンポンと連続で耐えきるなどできませんよね?」


 魔然王は再び雷を落とす。

 

「うぐっ……!!」


 バリアで無力化出来るとは言え、魔術師たちへの負担は大きい。

 もって後数回、耐えられるかどうかと言ったところだろう。


「ありがとう……! 後は私に任せてください!」


 とは言え、それだけの隙があれば咲にとっては十分であった。


「なっ!?」


 咲は先程津波を蒸発させた時と同じように、再び熱線を放ち魔然王に攻撃した。


「ぎゃああぁぁっぁ!! あ、熱い……! いや、嫌ですわ!! 燃える! 体が燃えてしまいます!!」


 攻撃に専念していた魔然王は熱線を避けることも出来ずに真正面から受けてしまう。

 そしてあっという間にその炎は全身に周り、気付けば彼女は黒焦げになってしまったのだった。


「やったか……!?」


 魔術師の一人がそう叫ぶ。

 その瞬間だった。


「な、なに……!?」


 突如として地震がバルエニアを襲った。

 いや、正確には地震では無い。それはドスンドスンと、定期的に起こっているのだ。

 言うなれば足音だろうか。明らかにその音と地響きはバルエニアに近づいていた。


「おい! あれを見ろ!!」


 そしてついにその正体が姿を現す。


「あらあら、勝利ムードが台無しですこと」


 海の中から、それはそれは巨大な魔然王がその姿を現したのである。

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