77 新たな旅立ち
それからというもの、アルタリア王国はこれはもう大変なことになってしまっていた。
国王が死んだことにより新たな王を決める必要があったのだが、生憎と言うべきか彼には後継者となる実の子がいなかった。
そのため苛烈な後継争いが発生することになったのである。
また魔術師の女性は妹たちが貴族に売りはらわれたのではなく殺されたのだと言うことを知り、自ら命を絶ってしまっていた。
その結果国王を殺した存在へのヘイトが宙ぶらりんとなり、騎士たちの士気はめちゃくちゃになっている。
そのせいで治安の維持も難しくなり、中央都市はもはや都市全体がスラム街かのような惨状であった。
さらには彼女の死によって勇者だけではなく反国王派の貴族にかけていた洗脳も解けてしまい、後継争いに影響を及ぼすこととなっている。
もはやどうしようも無い程にアルタリア王国はめっちゃくちゃなのだ。
勇者の喪失、後継争い、騎士団の士気の低下の三つによって王国が渾沌を極めている中、咲と桜の二人は中央都市を出て旅に出ることを選んでいた。
「二人は一緒に来ないのか?」
そんな咲に対してクラスメイトの一人がそう言う。
街を出る判断をしたのは二人だけでは無かったのである。
国王に洗脳されていたことを知った彼らは、もうこんな王国なんかにいられるかと旅に出ることにしたのだった。
「うん、私たちにはやることがあるから」
ゼルに頼まれた五大魔将の討伐の事を思い浮かべながら咲はそう返事をする。
「そっか。次いつ会えるかはわからんけど、元気でいろよな」
「ありがとう。そっちこそ怪我とか気を付けるんだよ?」
「おっと、その辺りは俺たちに任せておいてくれ」
先代のアルタリア国王に召喚された勇者である、以前咲たちに勇者としての戦いを見せたあの時の大剣使いの男はそう言って二人の会話に混ざった。
彼ら先輩勇者もまた腐敗しきったアルタリア王国から離れることを決意したのだ。
「私たちと一緒にいればよっぽどの事が無い限りは安全だからね」
「お、俺たちだって戦えるんですよ!?」
「あらあら、それなら心強いことこの上無いわね」
あの時の魔術師の女性の発言に異議を申し立てるように男子が叫ぶものの、それを彼女は軽くあしらって見せた。
彼女はこの世界に召喚されてからそれなりに経っているため、まさに経験の差と言うものなのかもしれない。
「ま、そう言う訳だからよ。嬢ちゃんたちも友達のことはあんまり心配しなくても大丈夫だぜ」
「すみません押し付けるような形になってしまって……」
「いいってことよ。俺たちゃ、同じく召喚された仲間だからな」
「まだ話は終わらないの? 日が暮れると厄介だし、そろそろ出発するわよ!」
馬車に乗っていた勇者の一人がそう叫ぶ。
別れの時間が来たのだ。
「んじゃ、またな」
外にいた勇者たちは次々に馬車に乗って行く。
そしてあっという間に咲と桜の二人だけがその場に残されることとなった。
「……行っちゃったね」
「うん……けど、もう絶対に会えない訳じゃ無いよ」
「そうだね。生きていればまたいつか会える」
若干の寂しさを感じつつ、二人は歩き出した。
と、その時だった。
「咲さん! 桜さん!」
聞きなれた声が二人の耳に届く。
それは紛れもなくソリスのものであった。
「ソリスさん!? 街の治安維持活動をしていたんじゃ……」
走って来る彼女の姿を見た咲は驚いていた。
それもそのはずだ。ソリスとメンシスを始めとする一部の冒険者は治安が悪化してしまった街を少しでも住みやすい街に戻すために、率先して治安を維持するための活動を行っていたのである。
それは今この瞬間も例外ではなく、ここに彼女が来ることは咲と桜にとって想定外であった。
「街の方は良いんですか?」
「正直かなり大変な状況ではあるけれど……それでもやっぱり、こうして二人を見送りたかったのです」
別れの挨拶自体は既にしていた二人と金銀姉妹だが、それでもなおソリスは直接見送ることを選んだのだった。
「あれ? メンシスさんは……」
「姉さんは今手が離せないようで……ですが代わりに見送りの挨拶を受け取っています。おほん……新たなる旅立ちを迎える少女たちに、私から一つ、決して忘れてはいけない大事なことを教えよう。いついかなる時も、相棒は大事にするんだぞ……とのことです」
ソリスによるメンシスの物まねは流石は双子と言うべきか中々のものであった。
しかし重要なのはそこでは無い。
「いついかなる時も……」
「相棒は大事に……」
メンシスからの言葉を受け取った咲と桜の二人は互いに見つめあう。
姉妹と恋人では細かい部分は違うのだろう。しかし、大事な人を思う気持ちに違いなど無いのだ。
これは妹を大事に思うメンシスだからこそ、絶対に二人に伝えたいことだったのである。
「それでは私からも別れの言葉を。さようなら、咲さん。桜さん。……どうかお二人の旅路に災い無き事を祈っています」
「……ありがとうございますソリスさん。では」
「ま、またいつか会えますよね!」
「はい、きっと……!」
こうして、ソリスとの別れの挨拶を終えた二人は改めて街を出発したのだった。
これがあてのない旅の始まりであることは間違いないだろう。
しかし彼女らは決して悲しんでなどいない。同様に、未来に絶望している訳でも無かった。
……何故なら二人一緒にいれば、それだけで幸せなのだから。
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