76 咲の要求
咲のその二つの要求は決して難しいものでは無い。
指名手配の取り下げも、洗脳の解除も、国王の一声でどうにかなるものなのだ。
しかし、それが可能であるからと言って今すぐ出来る訳でもなかった。
と言うのも、国王は敵国への戦争を仕掛ける気なのだ。そして最終的には大陸中を支配するつもりであった。
そのための戦力として勇者を呼び出していたのである。
つまり世界の危機のために召喚したと言うのはあくまで建前であったのだが……それに気付かなった魔龍王が直接攻め込んできてしまったのは彼にとっては完全に想定外だったことだろう。
そう言う理由もあって、国王は魔龍王を討ち取った英雄と召喚された勇者の両方を失うことはどうあっても避けたかったのだ。
「そんな要求、通る訳が……! ひぃっ!?」
国王が反対しようとしたその瞬間、咲は彼のすぐ真横にカルノセイバーを突き立てた。
「要求、のんでくれるよね」
咲はにっこりと笑いながらそう言う。
しかしその声はまったく笑っていない。
「しかし、我が国にとっても勇者は重要な存在で……」
「呼び出す前は何とかなってたんでしょ? それに以前に召喚した勇者だっているはず」
「彼らは先代に仕えていた勇者じゃ……今の我が国に忠義を尽くすつもりが無い。いくらなんでも騎士団だけでは限界が……」
「私には関係ない。それに勘違いしているみたいだけど、これは交渉なんかじゃないよ」
咲はカルノセイバーを床から引き抜き、レバーに手をかけた。
「あなたは私の要求を受け入れるしかない。私は五大魔将の内の三体を倒している……それに御覧の通り騎士も魔術師も私の足元にも及ばない。よく考えてみて。私に逆らうことの意味を」
そう言いながら咲はこの世界に来たばかりの時に騎士にやられたように、国王の首元にカルノセイバーを突きつけた。
「そ、そんなことをして許されると思っておるのか!?」
「許す……? 仮にあなたが私を許さなくても、私に何をすることも出来ないでしょう?」
「ぐぬぬ……」
国王は咲に正論を言われ、黙ってしまう。
結局のところ咲があまりにも強すぎるため、もはや国王がどうこうできるレベルでは無いのだ。
「んー……かなり強情だね。私の要求、かなり譲歩していると思うんだけど」
「なんじゃと?」
「常識外のお金を要求している訳でもないし、あなたの命が欲しい訳でもない。ただ私の指名手配を解除して、他の勇者を自由にすればいいだけ……あなたが私や勇者たちにしていることを考えたらさ、この要求って相当私側が譲歩してると思わない?」
咲はやろうと思えば一人でこの中央都市を陥落させ、アルタリア王国そのものを崩壊させることだって可能だった。
しかしそれは彼女にとっても本意ではない。
これまでの外れ勇者としての扱いを考慮したとしても、無関係の民間人を問答無用で殺して周る程、彼女は短気ではないし倫理観が終わっている訳でもなかった。
「……わかった。貴様の要求を受け入れよう」
考えに考え抜いた結果、最終的に国王は咲の要求を認めることにしたのだった。
結局は自分の命が一番大事なのだ。咲がこれでもかと威圧感を放っていたことで、彼にこのままでは自分の命が危ないと思わせられたのが決め手となったのである。
その後、国王は部屋の隅で固まっていた使用人をそばに来させ、すぐさま指名手配の取り下げを行わせた。
「では次に勇者の洗脳の方じゃな……。おい、そこの。いつまでそうしておるんじゃ」
国王は未だ意気消沈している魔術師の女性にそう言う。
「ああ、そっか……最初からそうすれば良かったんだね」
しかし彼女は国王のその言葉に返事をすることも無く立ち上がり、ゆらゆらした動きで国王へと近づいて行く。
そして……。
「うぐっ……!?」
あろうことか懐に隠していたナイフで国王を刺してしまったのである。
「き、貴様……何を……」
「最初からこうしていればこんなことにはならなかった……ごめんね、本当にごめんね……」
もはや女性に国王の言葉は届いておらず、彼女はただうわ言のように妹たちへの謝罪の言葉を呟き続けていた。
「おの……れ……」
腹に焼けるような痛みを感じながら、国王はその場に倒れた。
普段ならば騎士や魔術師が国王を守っているためこのようなことが起こる前に止められるのだが……今はそのような護衛は咲が全て無力化してしまっている。
その結果、彼女の一矢報いるためのその攻撃は何の障壁も無く国王へと届いてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます