49 残りの魔将

 深夜、眠っていた咲は窓の外に何者かの気配を感じ取り目を覚ました。


「すまん、起こしてもうたか。つってもワイも魔物やからな。深夜にしかこうして人里には来られんねん」


「貴方は……キングゴブリンのゼルさん?」


 咲は彼の名を口にする。

 その気配の正体……それは彼女に五大魔将を倒して欲しいという無茶振りを投げた張本人である、キングゴブリンのゼルだった。


「おお、覚えててくれたんか。嬉しいもんやで。みーんな名前やなくてキングゴブリンの方で呼ぶからなぁ」


「それで、深夜にわざわざ来たってことは何か用なんですか……?」


「そうやったわ。まあ、まずは魔人王と魔獣王を倒してくれたことを感謝せんと。本当にありがとうな」


 ゼルはそう言って窓越しに咲に頭を下げた。


「いえいえ、そんな感謝される程でも無いですよ。向こうからやってきたせいで倒さないとこちらがやられる状況だったんです」


「そうは言ってもな。仮にもお願いした身やねん。感謝はしておかないと筋が通らんやろ?」


 ゼルはおどけた様子でそう言うが、彼の感謝の言葉には確かに気持ちが込められていた。


「んじゃ、本題に行こか。あんただけに全部任せてちゃあキングの名がすたるからな。こっちも情報収集していたんや」


 そう言うとゼルは咲に窓を開けるように促す。

 そして窓が開くと同時に巻物を彼女に渡したのだった。


「詳しくはそこに書いとるが、一応口頭でも軽く言っとくで。残る五大魔将は二体。最強の幽霊族である魔霊王と、自然の化身である魔然王やな。……正直な所、この二体は特に倒すのが難しい厄介な魔将や」


 ゼルはそれまでの飄々とした態度から一変し、真面目に話し始める。


「厄介って……」


「全てはコイツらの持つ特殊な能力にあるんや。まず魔霊王。コイツは実体が無いから物理的な攻撃が一切効かないんや。見たところあんたの攻撃は肉弾戦が基本やろ? だとすれば、ちょいと苦戦するかもしれへんな」


「物理的攻撃が効かない……か」


 咲はゼルのその言葉を聞き、早速対策を考えていた。

 カルノライザーは基本的には肉弾戦を主とするため、実体が無い相手には攻撃手段が無いのだ。

 当然咲は魔法なども使えないため、八方ふさがりとなっていた。


 だがゼルは咲がそんな反応をするのは予想通りだったようで冷静に話を続けるのだった。


「そもそも攻撃手段自体が無いって顔やな。けど安心してくれ。魔霊王にも弱点が無いって訳やない。アンデッドである以上は炎や聖属性に極端に弱いらしいんや。やろうと思えば中級……いや下級魔法くらいでも余裕やで」


「私、魔法を使えないんです」


「……そうなんか?」


 ゼルは咲のその言葉を聞き、彼女と会ってから初めてその顔を驚きのそれに変えた。

 それだけ咲の返答は予想外だったのだ。


「嘘やろ……? あれだけの身体能力と戦闘技術を持っていながら一切の魔法を使えへんの?」


「はい」


「全く……? これっぽっちも……?」


 ゼルは咲の表情からその言葉が嘘では無いことを確信すると共に、一体どうしたものかと考え込む。

 それから少しして、一つの情報を思い出したようでその顔をぱぁっと明るくさせた。


「そうや、忘れとった! 魔霊王は回復魔法にも弱いさかい、同じような効果のポーションでも行けるで!」


「なるほど、確かにそれなら魔法を使えなくても戦えますね」


「せやろ? まあこれで魔霊王についての話はひとまずええか。んじゃ……もっと厄介な方行こか」


 再びゼルの表情が真面目なそれへと変わる。


「魔然王は自然の化身らしいからな。やろうと思えばあらゆる災害を起こせるみたいや。本人の能力は低いものの、被害規模で言えば魔将最大と言えるやろな」


「……そんなのをどうやって相手しろって言うんですか?」


 咲はジトっとした目でゼルを睨む。

 いくら最強のヒーローであるカルノライザーでも、流石に災害には勝てるかどうかは不明なのだ。 

 そんなとんでもないものを倒せと言われればこのような反応にもなるだろう。


「そこなんや……本体は大した強さやあらへんのは確かなんやけどな……そんな災害を起こしまくるせいでそもそも近づけんねん。ぶっちゃけ、これに関しては現状手は無いっちゅう感じやな」


「えっ?」


「すまん、そういうことやから魔然王とはまだ戦わんといてくれ。作戦を思いついたら改めて連絡用の部下を向かわせるさかい、他の街に行ったりしても大丈夫やで」


「あっ、ちょっ……」


 あの夜と同じようにゼルは一方的に会話を切り上げ、夜の闇に溶けていってしまった。

 

「またあの時みたいに……! はぁ、考えても仕方ない……か」

 

 咲はそう自分に言い聞かせながら再び寝るためにベッドへと戻る。


「ぁっ……しまった」


 そこで改めて自分の姿を見た彼女は思わずそう呟いていた。

 彼女たちは寝間着なんてものは持っておらず、寝る時には下着姿となっているのだ。


 そう、咲は思い切り下着姿をゼルに見せつけていたのである。

 それに気付いた咲は徐々に羞恥心に支配されていき、同時にその頬を赤く染めていく。

 いくら世界を救ったヒーローと言えど、女子高生である彼女は年頃の少女なのだ。異性にあられもない姿を見られて平常心でいられるはずは無かった。


「……いや、魔物だからノーカンでしょ」


 咲は心を落ち着けるためにも、自分にそう言い聞かせながら毛布にくるまるのだった。

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