11 初めての実戦訓練
「よし、やってやる……えいやぁぁ!」
演習場の中心にいるスライムに向かって片手剣を構えた生徒が走って行く。
何故王国内の演習場に魔物がいるのか。それは至極簡単な話だった。
この騎士団の管轄する演習場では見習いの特訓のために捕らえた魔物を使って演習を行っているのだ。
国内で魔物を解き放つのは危険では無いのかと思うだろうが、その心配もいらなかった。
魔物には特殊な魔法がかけられており、演習場の外には出られないようになっている。
それだけでは無く、いつどんなことが起こっても対処できるように高い実力を持つ兵士が常に監視しているのだ。
そんな万全の処置をしているからこそ、国内で魔物と戦うという荒業が許される訳である。
それだけの事をしてまで魔物と戦う意味があるのかと言えば、ある……と言うより無ければこんなにコストのかかることをしようとは思わないだろう。
「せぇぃ!」
スライムの目の前に辿りついた生徒が気の抜けたかけ声と共に剣を振り下ろす。
するとスライムは真っ二つに斬り裂かれ、そのまま消滅してしまった。
「や、やった……! 俺、魔物を倒したぜ……!」
生徒はガッツポーズをしながら叫ぶ。
初めて魔物を倒したことによる興奮と自分でも戦えるのだと言う自信。その余韻に浸る生徒だったが、その姿はあまりにも無防備であった。
……そう、これこそが魔物との実戦を演習場で行う理由だ。
初めての実戦訓練を国外で行う場合、どうしてもイレギュラーという物が発生してしまう。
今回のように初めての魔物討伐で浮かれる者もいれば、普段はいないはずの強力な魔物が急に現れたり、天候の急な変化など……他にも色々あるだろうが、そういった様々な要因によって起こるイレギュラーを全部踏み倒せるのだ。
リスクを全て取っ払いメリットだけを享受できる。だからこそ、ここアルタリア王国の騎士団や冒険者は命を落とさずに経験を積むことが出来た。
そしてそれはそのまま国力の増強に繋がる訳であり、国が力を入れている理由もわかるだろう。
その後も何人かの生徒が各々に適した戦い方で魔物を倒す経験を積んでいく。
用意されているのはいずれもスライムなどの弱い魔物だが、魔物を倒す経験だけならばその程度でも十分である。
むしろ下手に強力な魔物を使うとリスクも大きいため、スライム程度がちょうどいいのだ。
……もっとも、それはスキルを所持している者に限るのだが。
咲も他の生徒と同様に剣を使いスライムを切り裂く。
それを見た兵士は驚いていた。剣術スキルどころか何のスキルによる補正もなく、それでいて適性も低いはずの咲が剣で魔物を切り裂いたのだ。驚いて当然だった。
確かにスライムは弱い魔物だ。それは変わらない事実である。しかしこの世界においてスキルを持たない者はそれ以上に弱い存在なのだった。
言わば今の彼女はただのか弱い少女であるはずなのだ。だがそんな彼女が最弱のスライムとは言え魔物を倒した。
その事実は例え場数を踏んだ兵士であっても驚かせるのには十分であった。
そんな時、ズドン……と重い音と共に土煙が舞った。
「な、なんだ……!? くそっ、佐上の野郎こんなに土煙巻き上げやがって!」
生徒の言うように、それを引き起こしたのは佐上であった。
まだこの世界に来て間もなく、剣をまともに扱うことも出来ないのにも関わらず、演習場内を土煙で覆ってしまう程の一撃を放ったのだ。
これも彼が上級剣術スキルを持っているからこそ出来た芸当だった。
「ゲホッ……くそ、何も見えない」
「何が起こってるのよ……!」
辺りは土煙に覆われ、すぐ先にある物ですら黒いシルエットになってしまう程である。
そんな中、咲の元にまっすぐに向かう者がいた。
「貰った……!!」
咲の視界の外から剣が振り下ろされる。
「よいしょ」
「んなっ……!?」
それを彼女は容易く避けた。
「佐上君……?」
攻撃を行った正体は佐上であった。
土煙を巻き起こし、その混乱に乗じて咲に攻撃を仕掛けたのだ。
「は、はは……なんで今のを避けられるんすかねぇ」
確実に視界の外から攻撃したはずなのにひょいと避けられてしまったことに佐上は苛立ちを隠せない様子だった。
「模擬戦なら言ってくれれば普通に受けるのに」
「模擬戦……? 何甘いこと言ってるんだ。俺はお前を殺そうとしたんだよ」
「……まあそんな気はしたよ」
佐上から自分に対する明確な殺気を感じていた咲はそう返す。
「でも、やめた方が良いよ」
「おお? 命乞いか?」
そんな咲の言葉に対して佐上は笑いながらそう返した。
「いや、そろそろこの土煙が晴れる。そうなったとき不利なのは君でしょ」
「ッ!!」
咲にそう言われ佐上は辺りを確認する。
すると彼女の言う通り、確かに土煙はだんだん薄くなっていた。
「な、ならお前が俺に攻撃をしたってことにして、俺は仕方なく防衛を……!」
「それ本気で言ってる? 一応私、外れ勇者なんだけど」
どう考えても外れ勇者が上級剣術持ちに対してまともな攻撃を入れられるはずが無いのだ。
どう足掻いてもすぐに嘘だと言う事がバレるだろう。
「うぐっ……お、覚えてろよ!」
ザ・捨て台詞と言ったものを残し、佐上は咲から離れて行くのだった。
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