無口魔族ちゃんの初恋
宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中
哀れな青年 ロイ
夏。
それは夢と希望に溢れた冒険の季節。
停滞した狭い田舎を飛び出して旅を始め、いつか辿り着いた街で全く新しい生活をしようと青年は村を飛び出した。
夢ばかり見るな、地に足をつけろと反対する両親を冬の間に説得し、春の間に準備を完了させて、ようやく踏み出した未来への第一歩。
それが地獄を生んだ。
魔獣を従えた魔族が希望に瞳を輝かせた若者を嬲ってやろうと、人間が村の外に出てくるまで待ち伏せしていたのだ。
魔族は人間と酷似した容姿を持ち、自由に思考し、独特の文明や言語を持つ、人間とは全く異なる生命体だ。
高い残虐性と魔力を有し、同族以外の生物を何でも食べる。
特に人間は反応が面白くて嬲りがいがあり、可食部も少なくないので格好のおもちゃ兼、食料として魔族から強い支持を集めていた。
『どうして、こんな目に。外に夢を見たのが悪かったのか? 大人しく父さんたちに従っとけば良かったのか? でも、こんなの不可避だろ。俺、ちゃんと整備した道を使って歩いてたんだぞ。それなのに、こんな……』
人間は魔族に比べれば脆く弱い生命体だが、知能を活かした生命活動及び種の存続を行っていくしぶとさは他の生物に比べてもピカイチである。
また、魔族の側としても人間という滑稽で愉快な玩具を失いたくはない。
人間はある程度、嬲られて支配されてしまうということを織り込み済みで魔族と協定を結んだ。
それが、
「人里から一定以上はなれて活動している人間は嬲り、食べても良い」
というルールと、
「人間の側から懸賞金をかけられている人間も首さえ残せば嬲り、食べてよい」
というルールだ。
逆に言えば、それ以外の人間は決して嬲ってはいけないし、食べてもいけない。
また、魔族は人里から一定以上はなれた場所にしか住むことができないというルールも、のませることができた。
なお、人間側で提唱したのは犯罪者を食べても良いという後者のルールのみだったのだが、協定の主導権を握られることを嫌がった魔族が、おまけのように前者のルールを追加してきた。
ルールで取り決められた「食べてはいけない場所」の範囲は非常に広かったし、人間側もどうしても協定を結びたかったので妥協したが、これがかなり深刻な問題を生んだ。
少なくない数の魔族が「範囲を勘違いしていた」と、油断しきった哀れな人間たちを残酷に襲ったのだ。
繰り返すようだが、人間と魔族では人間の方が圧倒的に立場が弱い。
既に「間違って」嬲られた人間の損害や処分を請求することもできなければ、間違えないようにしろと要求することもできない。
どんなに理不尽であっても、人間側で対策を練らなければどうしようもないのだ。
そのため、人間たちは魔族の「間違い」を是正するために柵などで囲われた道を作り、各地を結ぶことで襲ってはいけない場所を視覚化した。
そうして「間違った」と言い訳する余地をなくしたのだ。
加えて違反者を特定し、魔族の長に報告できるよう、一定の間隔で監視カメラも設置した。
魔族は高い身体能力と生命力、魔力を持つ長寿の生命体だが、強すぎるが故に釣り合いを保つためか生殖能力が極端に低い。
また、性質も残虐すぎるために下手をすると同族同士で嬲り合い、絶滅してしまう危険性すらある。
それを避けるためだろうか。
魔族には共食いや同族同士での嬲りを嫌悪するような本能が埋め込まれていた。
しかし、だからと言って魔族同士で仲間意識が強いわけでもなければ愛情が強いわけでもない。
魔族の愛情は家族にすら注がれるか曖昧で、自身が強く気に入ったものにしか向けられないのだ。
そのため、折角の楽しい協定ごっこを壊しそうな同族が現れれば、厳しい罰を与えて最悪の場合、死刑に処すこともある。
そういった事情から道の整備は「うっかりによる人死に」をかなり減らし、安全な移動を可能にした。
だが、それでも、減少しただけで「うっかり」がゼロになったわけではない。
非常に稀に、油断した人間の悲痛な顔や絶望を拝み、喰らいたくて仕方がなくなった魔族がわざと通行人を襲うのである。
そしてコレをするのは単純に馬鹿か、魔族の中でも身分が高くバレても咎められない者、あるいは魔族の中でも手がつけられないような力の強い個人主義者であることが多い。
『俺を襲ったのはどっちなんだ。いや、考えても仕方がねえか。腹も腕でも肺も足も、どこもかしこも痛くて、今すぐ死んじまいそうだよ、クソが!』
自身を襲った魔族の女性、エレメールの趣味は従えている魔獣を使って人間をいたぶり続け、瀕死の虫のようになったところで一気に急所を潰し、絶命する様子を観察することだ。
そのため、ロイの右腕はへし折れ、狼の魔獣に抉られたわき腹からは血液がポタポタと垂れていたが、十分に走り回って彼女から逃げ惑うことができた。
肺を痛め、喉を切りそうなほど呼吸を鋭くしながらも、必死で足を動かし続ける。
例え目指す先が深い森の中であり、そこではエレメールが待機させていた魔獣が舌なめずりしていたとしても。
「——————!!!」
元気いっぱいに罵詈雑言を吐いたり、何とか苦痛を回避しようと命乞いをしたりする姿。
そして、それらを無視して殴った時の表情、態度、言葉。
徐々に指や四肢、目玉など肉体を失っていき、最後に怨恨を吐きながら絶命する姿に異様なほどの快楽を覚えてエレメールは対象を嬲る。
ロイがボロ雑巾の様になっていく姿が今から楽しみで仕方がない。
エレメールは魔族特有の言語でケラケラとロイを煽り散らかし、脳を直接引っ掻くような甲高い奇声を上げた。
奇妙な音に威嚇され、焦りを募らせたロイが恐怖と怒りでボロボロと涙を溢し、悔しそうに歯を食いしばった。
『クソッ、ドンドン人里から離れちまう! 嫌な予感がするが、止まっったら死んじまうう。ふざけんなよ、クソが!!』
潤みながらも強さを感じさせる両の瞳が眼前の森を睨みつける。
そして、とうとう森に足を一歩踏み入れた瞬間、木の陰から飛び出して来た魔獣に体当たりをされ、大きく体が吹き飛んだ。
地面にベシャリと落ちる前に他の魔獣が飛び出して鼻先にロイを乗せ、ポンと空中に付き上げる。
いたずらにキャッチとスローを繰り返されるボールにでもなったような気分だ。
三半規管が大きく揺らされ、脳がグワングワンと揺れた。
視界が激しく上下して、今、空中にいるのか地面に近い場所にいるのかすら分からなくなってくる。
最後にひときわ大きな狼に襟を齧ってキャッチされ、ブンブンと揺らされた後に背中から地面へ叩きつけられた。
全身の骨が折れてしまったかのような衝撃に声も上げられぬほどか細い悲鳴を漏らし、わずかに痙攣して悶絶する。
指先がビクリ、ビクリと小さく震える。
止まっているはずなのに脳が直接掻き回され、瞳そのものもグルグルと回ったままであるような錯覚がして、何も考えられなくなった。
全身を覆う激し痛みと嘔吐欲求に胃の中身を全て出してしまいたくなるが、あいにく、仰向けになってヒュゥヒュゥと細く鳴く喉からは何も出そうにない。
体を全く動かせなくなったロイを恍惚とした表情のエレメールが上から見下ろす。
ロイは全身が小汚くなったまま、綺麗な洋服を着て好き勝手に他者を嬲る彼女を力強く睨みつけた。
擦り傷と打撲だらけで泥と血まみれのロイだが、意外なことに致命傷はない。
彼の怪我で大きなものと言えば右腕の骨折かわき腹の傷くらいであり、足もおられていないので少ししてショックから回復すれば、まだ十分に逃げ回ることができる。
だが、大抵の人間は魔獣に集団リンチされ、全身を悼みで支配された挙句に血と土の香りで包み込まれれば、すっかり絶望して戦意を喪失してしまう。
エレメールは絶望的な状況下でもなお屈さず、敵対意志を見せ、隙あらば逃げ出そうと思考するロイのことを食べ応えのある玩具として気に入ったらしい。
濁った灰色の瞳をニダリと歪めた。
「——————!!」
お楽しみはこれからだ。
特別に自分自身の手で痛めつけてやろうとロイの首を鷲掴み、ギリギリと持ち上げて宙に浮かせる。
それからギザギザとした歯の見える口の端をつり上げて嗜虐的に笑み、ロイの指に自分の指を絡ませると、ゆっくり力を込めていく。
人間の手指を徐々に粉砕骨折させる、イカレた恋人つなぎだ。
ミシッと骨が軋む感覚にロイが恐怖で瞳孔を開かせ、涙をにじませる。
だが、さらに力を強める直前で急に握り込むのを止め、固まった。
何やら思案を始めたらしい。
「——————? ———! ———! ———!」
奇怪な言語を早口で喋り、コテンコテンと首を傾げてからキラキラと瞳を輝かせる。
まるで良いことを思いついた! と言わんばかりの表情だ。
『何だコイツ、気持ちわりぃな。クソ、殺すならサッサと殺せよ。だからテメェらは畜生のゴミ種族なんだよ』
首を掴まれ、言葉を発せぬロイは脳内で強い怨恨を吐く。
死の間際まで続く抵抗はエレメールにギリギリと首を絞められ、意識を失う瞬間まで続いた。
彼が次に目を覚ました時、視界に入ったのは綺麗な木目のついた天井だった。
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