12

 ――翌日の市場は大盛況だった。大陸の至る所からやってきた行商人のテントが軒を連ねた、食べ物、日用雑貨、服飾品なんでもござれの大バザールだ。


 昼食を何にするかを真剣に選んだり、ギルドで必要な日用品を厳選したり、服飾品を冷やかしたり。……私が良いというものを片っ端から買っていこうとするルードには、ちょっと困ったけど。

 

 やはりルードは目立つようで、歩く先々で色んな視線を感じた。それには大分気後れするけれど、二人で並んで歩く街はすごく楽しかった。


 ルードの好きな色は黒。肉より魚派で、好物は海老。甘いものはちょっと苦手。普段、仕事以外の外出はあまりしない。暇なときには読書をすることが多くて、読むジャンルは問わない。

 ……そんな、どうでもいいけどどうでも良くない話を聞いて、私も教える。


 些細なやり取りがなんだか涙が出そうになるほど嬉しい。そんなこと思うのは今日が初めてだ。


 正午をまわり、歩き疲れた私達はベンチで休憩していた。行き交う人たちをぼんやりと眺めていると、まるでお祭りみたいだなと連想して、ふと昔のことを思い出した。


「……私、小さい頃にこの街に来たことがあるんですよね」

「……そう、なんだ」

「はい。……確か、八年前の花祭の頃です」


 デルセンベルクでは年に一度、春を祝うための『花祭』が開催される。そのときも人がたくさんいて、いろんな屋台が出て、とても楽しかった。


「同時開催してるトマトぶん投げ祭りの子ども部門にも参加しました!」

「あれを!?やったの!?」


 ――トマトぶん投げ祭りは、その名の通りトマトをぶん投げあって、真っ赤になってはしゃぐだけのイベントである。……うん、本当にそれだけなんだけど、ものすごく盛り上がるんだよね。

  

「はい!他には……」


 ……あれ?ここで、はた、と思考が止まる。

 

 デルセンベルクにはお父様に連れてきてもらった。一ヶ月程も滞在して、とっても楽しい思い出がたくさんあった。だから、国外追放された時、ここを目的地にしたんだ。はずなのに……。何も、思い出せない。

 ……なんでだろう?


「……喉、乾かない?何か買ってくるよ」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 ルードはぎこちなく微笑んで、近くの屋台へと歩いていった。なんか、様子がおかしいような。……トマトぶん投げ祭りの話題はまずかったんだろうか。


 屋台に並ぶルードの後ろ姿を目で追う。と、その時。彼の後ろを通った男女二人組に――目を奪われた。


「……エドガー、殿下……?」


 一瞬見えた姿は、かつて私を「幽霊令嬢」なんて蔑んだ、元婚約者。

 エドガー・カリウス。カリウス王国の第二王子だった。

 

 散々罵倒された記憶が蘇る。頬を冷たい汗が伝う。心臓がばくばくと音を立て、吐き気が込み上げてきて思わず手で口を抑えた。

 なんで、あいつがこんなところに。

 ――もう、二度と、顔も見たくなかったのに……!


「……アリー!?どうかした!?」

「……ルード」


 その声に、我に返った。私の顔を覗き込む綺麗な柘榴色。辛い時に、心配して傍にいてくれる誰かは、以前の私が一番欲しかった存在だ。

 ……泣きそうになっちゃうな。ぐ、とこみ上げる涙をこらえる。そして勢いよく立ち上がった。

 もう、一人きりで耐える必要は、ない。


「……最悪です!!さっき、私の目の前を、もう二度と顔を見たくなかった人間が横切っていきました!!」

「なんだって!?」

「……なので、今から最高のことをして、上書きする必要があります。……ルード!来てください!」

「え?……あ、アリー?どこに」


 立ち上がって、どさくさに紛れてルードの手を引く。彼は驚いた顔をしたけど、繋いだ手は決して振り払われることはなかった。


*****


 市場の中を歩き回って、ようやくお目当ての店を発見した。


「……手芸用品店?」

「はい、選んでください!えと、この刺繍糸から、五種類くらい!」

「待って、話が読めない」


 くそう、誤魔化されてくれないか。ドサクサで選ばせてしまおうと思ったのに。


「私、手芸は結構得意なんです。こう、糸を編み込んで作る紐とか……私の故郷では無事を祈るためのお守りなんです。……その、大切な人の」


 ちらりとルードの左腕を見る。先日、動く死体にひっかかれた場所には、白い包帯が巻きつけられていた。


「指輪のお返し……には全然足りないですけど。……作ったら、もらってくれますか?」


 熱くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、目を逸らしたまま尋ねる。ルードはしばし沈黙して、言った。

  

「……なら、なおさら君が選んで」

「え?」

「俺は、君が選んだものがいい。あ、でも、ベースは……これ、黒がいいな」


 ルードはそう言いながら、黒い糸を持ち上げる。

 

「……なら、この銀色のビジューをアクセントに入れましょう!赤……もいれたいけど、合うかなぁ……この、濃いやつならなんとかなる、かな……?それと……」


 色とりどりの糸を選びながら、楽しい時間は過ぎていく。先程見たエドガーの姿に、一抹の不安を胸に残しながら。

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