幕間

「……バルドル。お前、知ってて彼女を部屋に入れただろ……」

 

「はて、なんのことでしょう?」


 アリーがギルドで働くことが決まったその日の夜更け。バルドルはルードの私室に呼び出されていた。

 睨みつける主人の視線を軽く躱し、そらとぼけてみせる。


「私どもは、ご主人様の幸せを第一に考えて動くばかりでございます」

 

「……嘘つけ……絶対面白がってるだけだろ……」


 ルードは深く椅子に沈み込み、頭を抱えた。

 主人と使用人の立場ではあるが幼い頃から面倒を見られている立場である。

 この手のことは、バルドルの方が何枚も上手であった。

 

「……それで、調査の結果は?」


 なんとか気を取り直して促すと、バルドルはコホンと咳払いをし、手に持った紙の束を読み上げ始めた。


「……アリエッタ・フィエステ嬢。カリウス王国、フィエステ辺境伯のご令嬢でいらっしゃいます。昨日、貴族学園を卒業され、その祝賀パーティの席で婚約者……。今は、元、ですね。元婚約者の第二王子から、突然婚約破棄を言い渡されたようです」

 

「はぁ!?そんな公の場でそんなことをしたのか!?そのボンクラは!」

 

「ありえませんよねぇ。……破棄の理由は、別のご令嬢への嫌がらせ。……しかしこれは周囲も懐疑的なようです。冤罪かと」

 

「当たり前だ」

 

「そこで口論になり、アリー様が元婚約者の頬を引っ叩いておられますね。そして第二王子から国外追放だと言われたのを受け……その後は行方不明扱いになっております」

 

「それでこの街にやってきた、と……。一人旅でよく無事だったな……」


 カリウス王国からここまでの旅路の治安は比較的良いほうだ。それでも女性一人、旅慣れない中よく無事でたどり着いてくれたものだと思い、ルードは信じてもいない神に感謝を捧げる。


「勇敢で元気なお嬢さんではありませんか。

 当然、第二王子との婚約は相手有責で破棄が済んでおりますね。

 しかしアリエッタ様の処分に付いては重すぎるとして、辺境伯が強く抗議しておられますので、現在保留中です」

 

「辺境伯にアリーの無事を知らせておいてくれ。しばらくここで匿うことも」

 

「御意。ついでに婚約の打診もいたしますか?」


 バルドルのセリフに、ルードは口をつけた紅茶を吹き出した。散々むせてから怒鳴りつける。


「バルドル……!!」

 

「ちなみにここからは独り言ですが。第二王子と婚約破棄をするなら是非うちに、とアリエッタ嬢を切望する家はかなり多いようですね」

 

「………………」

 

「お美しく成長なされましたからねぇ。アリー様は」

 

「………………もういい、黙ってくれ」

 

「ほっほっほっ。では、失礼いたします」


 バルドルはカラカラと笑いながら退室していった。

 扉の閉まる音を聞きながらルードは大きく息をつき天井を見上げる。

 ……今夜は、この上の客室でアリーが眠っている。

 

 二度と会わないはずだった。それでもその存在を忘れ去ってしまうことは出来なかった。

 ルードにとってアリーは、決して手の届かない夜空の星のような存在だった。それが今、ひとつ屋根の下にいる。


「……おやすみ、アリー」


 運命のいたずら、という言葉を思い浮かべながら、小さくつぶやいて、ルード自身も目を閉じた。

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