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地図のとおりに裏通りを抜け、しばらくするとある屋敷の前にたどり着いた。
「……ここ、かな?」
屋敷を見上げてみる。元は貴族のタウンハウスだったのだろう、かなり大きくて立派な造りだ。
ただ、しばらく人の手が入っていないのか、壁は蔦で覆いつくされている。おまけに庭もろくに手入れされていないのだろう。庭木が伸び放題なので、昼間なのにうっすら暗い印象である。
「……まるでお化け屋敷ね……」
よく見てみると、門柱に手のひら程度の小さな看板がかけられていることに気づいた。
『薄明の夕暮れ』と書かれているので、ここが件のギルドなのは間違いないらしい。
おどろおどろしい館の外観には怯んだけれど、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。思い切って呼び鈴を鳴らしてみた。
少しの間の後、「はい」という男性の声とともに、錆びた音を立てながら扉が開いた。
「……おや、貴女は……」
扉の中から、グレイヘアをきっちりと撫でつけた品の良い老紳士が顔をのぞかせる。優しそうな人が出てきてくれたことにひとまず胸をなでおろした。
老紳士は、驚いたように目を丸くした後、私が握りしめた紹介状をに視線をやると合点がいったとばかりに顎髭を撫でつけた。
「……なるほどなるほど。求人をご覧に?」
「は、はいっ!えっと、アリエ……アリー、と申します。こちらの受付のお仕事、まだ、募集されていますか…?」
ガチガチに緊張しながらお辞儀をする私に、老紳士は優しげに微笑みながら頷いた。
「勿論ですよ。ああ、私もこちらの従業員でしてね。バルドルと申します。どうぞお見知り置きを」
そう言ってバルドルさんは、まるで貴族の使用人のような完璧な所作で一礼した。
……もしかしてこのギルド、マスターは身分の高い人なんだろうか。
「ギルドマスターのルードにお取次ぎいたします。さあ、どうぞお入りを」
******
通された屋敷の中は、外観のおどろおどろしさとはうって変わり、こざっぱりと清潔感のある素敵な内装だった。
ついきょろきょろしてしまう私を、バルドルさんは穏やかに微笑みながら案内してくれる。玄関を経て、ギルドの受付カウンターを通り抜け、奥の扉にたどり着いた。
「どうぞ。こちらで当ギルドの主人、ルードがお待ちです」
「ありがとうございます」
「いえいえ、それではどうぞ、ごゆっくり」
さぁ、ようやく面接である。背筋をシャンと伸ばし、深呼吸した。ドアノブを回してそっと押した。
「失礼、しま……」
……ドアを開け、部屋の中に一歩を踏み出した私が見たのは、まるで絵画みたいな光景だった。
一人の男の人が、長い脚を放りだして長椅子に横たわっている。
クッションを枕に腕を組んだその人は、安らかに寝息を立てながら目を閉じていた。
……寝顔でもわかる。とんでもなく綺麗な顔だ。
晴れた日の雪原みたいに輝く銀色の長髪が、肩のあたりで一つに束ねられてさらりと流れ落ちている。
長い睫毛に閉じられた瞼と、彫刻みたいに完璧に整った鼻筋。薄く開いた唇すべてが奇跡的なバランスで配置されていて、昔に美術館で見た、天使様の絵にそっくりだ。
この人が、ギルドマスターのルード、さん?なるほど、これは女性がほっとかないわ。
ここに来た目的を忘れてつい見入っていると、銀色の睫毛が震える。彼はむずがるような唸り声を上げて、長椅子の上で体を捩ったかと思うと、渋々といったように上半身を起こした。
「……なんだ……バルドル、か?」
不機嫌そうな掠れ声だ。寝ぼけているのか、私をバルドルさんと間違えているらしい。
「お、お休みのところすみません!私、アリーと申します。あの、職業斡旋所の求人を見てお邪魔しました」
私が慌てて名乗ると、男の人はバネが跳ねるような勢いで顔をこちらに向ける。寝起きで微睡んでいた瞳が今はしっかりと見開かれ、私を捉えた。
深い、澄んだ真っ赤な瞳だ。柘榴石みたい、そう思った、瞬間。
「いっ……!?」
バチリ、と音がして。
目に、衝撃が走った。あまりの激痛に両手で抑え、膝をつく。
「……おい!大丈夫か!?まさか……!」
目が、痛い。
針で刺されているような、電気の塊を当てられているような、そんな激痛が両目を襲う。
きつく閉じた瞼から、涙がぼろぼろと流れているのがわかる。耐えきれずに悲鳴を上げながらその場で膝を折った。
…意識を失う直前、焦ったように私の名前を呼ぶ、声がした。
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