【完結】幽霊令嬢の怪奇事件簿

ヨシモトミネ

序章 ありきたりな婚約破棄と運命の就職

序章 ありきたりな婚約破棄と運命の就職 1

 私、こと、アリエッタ・フィエステの貴族学園での生活は、端的に言って最悪だった。


 理由ははっきりしている。現在、目の前で私のことを睨みつけていらっしゃる婚約者、エドガー・カリウス、この国の第二王子様のせいである。


 エドガー様と私は八歳の頃、王命により婚約した。

 私の生家、フィエステ辺境伯領は隣国との境に位置し、国防の要を担っている。

 幼い頃から剣術の才に優れていたエドガー様を辺境伯に降下させ、国境の守りを固めたいという国王陛下のお考えによる、政略的なものだ。

 

 ……しかし、当のエドガー様はというと、辺境のフィエステに赴くのが嫌で嫌で仕方なかったらしい。

 ことあるごとに故郷を『田舎』だの『蛮族の住まう地』だのと馬鹿にした。

 

 そしてそれに付随する婚約者、つまり私のことも、非常に気に入らなかったらしい。それでも滅多に顔を合わせないころはせいぜい露骨に無視されるくらいのことで、全然マシだった。

 

 しかしお互いが成長して貴族学園に入学し、毎日顔をあわせるようになると、彼の態度はどんどんエスカレートしていく。

 ……それはもうボロクソに言われたものだ。曰く『地味な顔』、『貧相』、『陰気な性格』……などなど。

 

 その罵倒一つ一つに物申したい気持ちはあったけど、臣下の身で王族に歯向かうなんでできるはずもなく、歯を食いしばって怒りを抑えた。

 ……ここまで嫌われてるのなら、卒業後に向こうから婚約破棄をしてくれるんじゃないかな。そんな目算もあったし。

 

 更に悪いことに、第二王子の取り巻き達が彼の態度に追従したのだ。黙って耐える私を体の良いサンドバッグと認識し、ことあるごとに馬鹿にし、蔑んだ。

 大多数の良識ある級友達は私に同情的だったけど、下手に庇われると彼らに迷惑がかかる。そう思い、私から距離を置いた。

 ひっそりと目立たないように。誰にも気にされないように存在感を殺して。そうして黙って耐え続けた私に、ついたあだ名は『幽霊令嬢』だった。

 曰く、暗く陰気でまるで幽霊みたいだ、と。


 ……あまりにもあんまりなあだ名である。度重なる侮辱に言い返せず、黙して耐えた結果がこれだ。これにも文句を言わない私をいいことに、エドガー様とその取り巻きは私のことを侮蔑を込めて『幽霊』と呼び続けた。

 

 ……そんな学園生活もようやく終わりを迎え、卒業を喜ぶ私に向かい、エドガー様は祝賀会の場で高らかに『婚約破棄』を突きつけたのである。


「……破棄の理由は、ここにいるヒルデ・エールリヒ公爵令嬢への脅迫・傷害だ。そんなことをしでかす貴様に王族との婚姻は相応しくない!」

 

「……はぁ?」


……あり得ない。公爵は辺境伯より身分が上だ。そんな相手に嫌がらせなんてできるはずがない。

 というか、そんな相手に喧嘩売るくらいならまずは第二王子お前をぶん殴ってるわ。

 そもそもヒルデ嬢とは一度も話したことないし。


 エドガーによると、『俺と仲の良いヒルデ嬢に嫉妬した私』が虐めをした、そうだけど……。嫉妬どころかそんな男、熨斗つけて差し上げますけど。むしろ引き取り料をお支払いしてもいい。


 憎々しげに私を睨みつける第二王子と、彼に寄り添うヒルデ嬢の勝ち誇った笑み。 


 ……散々我慢した結果が、これかぁ。

 

 ……なんかもう、いっか。

 

 そう思った瞬間、体が勝手に動いた。私はつかつかとエドガー様の元に近づくと笑顔で一礼した。――そして

 

「な……ッ!?」


 その頬を、思いっきり引っ叩いた。 


 ……こだけの話、領地で騎士のお父様に鍛えられた私は、結構、腕っぷしに自信がある。

 これまで一度も逆らったことのない幽霊令嬢わたしの反撃に、油断しきっていたのだろうエドガーは、思いっきり尻もちをついていた。ざまあみろ。


 祝賀会場がどよめいた。

 ……やっちゃった。でも不思議と後悔はない。それどころかものすごく清々しい気分である。

 エドガーは取り巻きに助け起こされながら、喚き出した。


「……これだから野蛮人は……!自分が何をしたかわかっているのか!?お前など国外追放だ!今すぐこの国から出ていけ!!」 


 国外追放。学生同士の痴話喧嘩の処罰としては、重すぎる。しかも第二王子に独断でそんなことを決める権限は、ない。

 ……しかし、その言葉はものすごく甘美な響きだった。乗るしかない。この茶番に。

  

「まあ、国外追放!ありがとうございます。謹んでお受けいたします!」

「は!?」


 満面の笑みを浮かべて喜ぶと、第二王子は間抜けな顔で驚いている。たとえ婚約破棄できたとしても、貴族として生涯こんな王族に仕えるくらいなら国外追放上等である。


「当然、貴族籍も剥奪ですわね?……なら、もうこの髪もいりませんね」


そう言って、懐から護身用のナイフを取り出す。

 パーティ用の髪飾りを投げ捨てて、束ねていた髪を切り捨てると、黒髪の束がバラバラと床に散らばった。

 貴族女性の証とも言える長い髪を躊躇いなく切り落とした私の行動に、会場は静まり返る。

 

 誰もが唖然として動けずにいるうちに、私は再びにっこりと笑い華麗に一礼してみせた。

  

「……ではご機嫌よう、エドガー様クソ野郎、もう二度とお目にかからないことを、祈っておりますわ」


 そうして踵を返すと、会場を後にする。

 不安がないわけではなかったけど、それよりも晴れ晴れとした気持ちが上回った。

『幽霊令嬢』の新しい人生が、今、始まるんだ。

 

 ……ううん。はじめてみせる。


 *****


 学生寮に戻り、大急ぎで着替えと必要最低限の荷物を持ち出した私は、その足で夜行馬車に飛び乗った。何度か乗り継いだ後に国境を越え、隣国デルシュタイン王国にたどり着いた。

 ……無事、国外追放されることができたわけである。

 さらに何度か乗り継いで、商業都市デルセンベルグにたどり着いた頃には翌日の正午を大きく回っていた。

 

 デルセンベルクはデルシュタイン王国の中でもかなり大きな都市だ。子供の頃お父様につれてきてもらった記憶に頼りに目的地に選んだ。

 首都デルシュタインから馬車で数時間程度の距離にあり、あらんるギルドの活気があふれる街である。

 ……きっと、私にできる仕事も見つかるだろう。


 馬車を降りると、真っ直ぐに中央広場近くの職業斡旋所へ足を向けた。ここでは、多種多様な求人が集まっている。手元にあったお小遣いで当面の生活費は賄えるけど、いつまでももつものじゃない。まずは仕事探しだ。

 

 カウンターに座るご主人に声を掛けると、分厚い紙の束を引っ張り出してきてくれた。どうやらこれ全てが求人票らしい。


「ううん……学生さん向けの求人は、だいたい冬に決まっちまうんだよなぁ……」 

「そうなんですか?」 

「こっちは要経験。これは資格が必要……。ううん……」


 二人がかりで片っ端からひとつひとつ読み込んでいく。が、なかなか私にも当てはまる条件の求人が見つからない。

 焦りと不安が募り始めた頃、ご主人が一枚の求人を票のところで手を止めた。


「おお、これなんていいんじゃないかい。冒険者ギルドの受付係募集。月給300ゴールド」

「主な業務は依頼者、冒険者の対応など……。読み書き必須、簡単な計算あり……未経験、住み込み可……!」


 この条件なら、私でもクリアできる。そして宿無しの身からすると、住み込み可が何よりありがたい。

 

 ご主人と二人で顔を見合わせ喜んでいると、奥からお茶を持ってきてくれたおかみさんがその求人を見て眉をひそめる。


「あらあんた、ここ『薄明』じゃないの。やめといたほうがいいわよ。若い女の子は」

「『薄明』?」


 求人元のギルド名を見ると『薄明の夕暮れ』。なるほど、略して『薄明』ということか。


「ここはねぇ。ギルドマスターがものすごい美形なんだけど、なにせ女嫌いで有名なのよ。

 見た目がいいから皆すぐぽーっとなっちゃうけど、全員泣かされて帰ってくるわ。やめときなさい。男は顔じゃないわ、中身よ」


 そう言っておかみさんはご主人の背中をバンバン叩いた。叩かれている方もまんざらではなさそうだ。良い夫婦だなぁ。

 ……忠告はありがたい。だけど他に良い求人がないのであれば、背に腹は代えられない。それに。


「……それって、私がその人のことを好きにならなければいいんですよね?」 

「まぁ、それはそうだけど」 

「なら大丈夫です!私、恋愛とかそういうの、ほんと懲り懲りなので!ほんッとに!!」


 なにせ昨日、手酷い婚約破棄を経験したばかりなのだ。一生とまでいう気はないけど、しばらく色恋沙汰とは距離を置きたいのが本音である。

 ご主人とおかみさんはしばらく顔を見合わせると、渋々といったように白い封筒を取り出した。


「……それじゃあ、くれぐれも気をつけな。はいこれ、紹介状。……ええと、お前さんの名前は……」 

「え、と……」


 名前。馬鹿正直に本名を名乗るはまずいかもしれない。少し躊躇って幼い頃呼ばれていた愛称を口に出した。


「アリー、と申します」

「アリー、な。よし書けた。ほらよ、これを持っていきな」

「何かあったら戻っておいで。無理するんじゃないよ」

「ありがとうございます!」


 封筒を受け取り、お世話になった二人に丁寧にお辞儀をして、私は斡旋場を後にした。


*****

斡旋所の主人夫婦は、アリーを見送った後、仲良く茶を飲みながらしみじみとしていた。


「訳ありみたいだけど、いい子そうじゃないか」 

「おう……。うまくいくといいな」 

「そういやあんた、『薄明』の仕事のことちゃんと説明してるのかい?」 

「あ」


 その言葉に、斡旋所の主人はあからさまに狼狽した。……婦人は真っ青になって立ち上がると扉まで駆け寄り、辺りを見回す……が、当然すでにアリーの姿は見えなくなっていた。


「……何やってんだい!そこが一番大事なとこだろうが!」 

「だって、いきなりお前が入ってくるから!」 

「あああもう。大丈夫かねぇ。あのギルドは特殊なんだ。苦手な子なら一日もたないよ。あそこは………。なんだから!」

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