第64話 呪い返し

 サイモンは私の後ろからさっさと元の席に戻った。


 アラスター王太子はウォーレンを振りほどくと、胸を抑えてうずくまっている私の顔を横から覗き込んでくる。


「キャサリン嬢、大丈夫ですか? あなたが望むのならば今すぐにサイモンを処刑して差し上げますよ」


 ドサクサに紛れて恐ろしい事を口にしないでもらいたいわ。


 大体、呪いを解呪してくれた恩人を処刑にするなんて出来るわけないでしょ。


「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけですから…。 それにウサギの私を抱き上げていたんですから、人間に戻ったらあの状態になるのは仕方がありませんわ」


 引き攣る頬をなんとか動かして笑顔を作りアラスター王太子に微笑んでみせるけれど、彼はそれでも心配そうに私の手を取る。


「無理をしなくていいんですよ。キャサリン嬢。あなたに憂いを与えるものはすべて僕が排除して差し上げます」


 いやいや、無理なんてしていないから。


 それにここでオーケーを出してしまうと、この先何人が処刑台に登らされるかわかったもんじゃないわ。


 それよりも本当に私の呪いは解呪出来たのかしら?


「キャサリン嬢、クシャミをしてみてください。これでもう解呪出来たはずです」


 サイモンに促されこよりで鼻を刺激する。


「クシュン!」


 クシャミをした後、恐る恐る目を開けてみたが、そこにはこよりを持った私の手があった。


「やったぞ、キャサリン嬢。クシャミをしても人間の姿のままだ」


 アラスター王太子が嬉しそうに私の手を握ってくるけれど、こよりを持ったままなんだからちょっとやめてほしいわ。


「キャサリン様、おめでとうございます」


 エイダが反対側の私の手を取って、微笑んでくれるのを見て、ようやく解呪が出来たのだと実感する。


「ありがとうございます、サイモン様。おかげで呪いが解けました」


 胸を触られた事と失礼な発言は私の心の平穏のためにも無かった事にしましょう。


「いえいえ。無事に解呪出来て良かったです。それにしても呪いの二重重ねとは、随分と手の込んだ事をしてますね」


 サイモンは手をかざして私の前にある水晶玉を自分の手元に引き寄せた。


 真っ黒に染まった水晶玉は光を一切反射していない。


(ブラックホールってこういうものを言うのかしら?)


 猫になる呪いを解呪した時は明りに反射していたのに、今は炭を塗ったように真っ黒だ。


 サイモンがかざした手を上に上げると水晶玉もそれに合わせて宙に浮いた。


「それをどうするんですか?」


 私が問いかけるより先にアラスター王太子が水晶玉を指差した。


「もちろん、呪いをかけた本人にお返ししますよ、こうやってね」


 サイモンのかざした手から水晶玉に向かって魔力が放たれた。


 魔力がどんどん水晶玉に吸い取られていくが、やがてピキッと音がして水晶玉に亀裂が入った。


 サイモンの魔力を受けて亀裂はどんどん広がっていき、やがて大きな音を立てて水晶玉が砕け散った。


 すると、黒いもやの塊だけが宙に浮いている状態になる。


「さあ、呪いをかけた張本人の姿を映せ! そしてその者の元に帰るがいい!」


 サイモンの呼びかけに応えるように黒いもやの中に誰かの姿が浮かび上がってくる。


 おぼろげな人の姿から徐々に顔がはっきりしてくるが、それが誰の顔かわかった途端、私は息を飲んだ。


 アラスター王太子にもそれが誰だかわかったらしく「まさか?」と小さな声をあげている。


 その顔はまさしく妹のキャロリンの顔だった!


「…うそ…」 


 私が困惑しているうちにサイモンがブンと手を振ると、黒いもやは窓を突き抜けて何処かへ飛んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る