第32話 冤罪

 コールリッジ王国の王宮に連れてこられてから明日で一週間になろうとしていた。


 私は相変わらず部屋に軟禁状態で、本を読んだり、刺繍をしたりして暇を潰している。


 アラスター王太子は朝と夕方に私の部屋に顔を出して、私の様子を気にかけてくれる。


 明日でこの王宮での滞在が終わりとなる。


 アラスター王太子は私を養女にしてくれる貴族を探すと言っていたが、アラスター王太子の顔を見る限り、受け入れ先が見つかっていないのは明白だった。


 王宮で下働きをするくらいなら、市井に下って自由に暮らしたいと思っているが、国王陛下はそれを許可してくれるだろうか?


 たとえ、国王陛下が許可をしても、アラスター王太子が私を引き止めそうな気がするわ。


 いつもならば、そろそろエイダが昼食を持ってくるはずの時間なのに、今日に限って姿を見せなかった。


(何かあったのかしら?)


 誰かに尋ねようにも、この部屋がある辺りには誰も近寄らないと聞いている。


 それに、『部屋から出るな』と厳命されている以上、王宮をうろつくわけにはいかなかった。


 しばらく待っていると、バタバタと数人の足音が近付いてくるのが聞こえた。


(もしかして、国王陛下が私を連れてくるように言いつけたのかしら?)


 アラスター王太子が私の側にいない時を狙って、私を連れ出しに来たのかもしれないと思った。


 案の定、足音は私の部屋の前で止まり、ノックもなしに扉が開かれた。


 いきなり開いた扉に驚いたが、そこに数人の騎士が立っていた事に更に驚いた。


「貴様がキャサリンか? 国王陛下並びに王妃殿下殺害の容疑で逮捕する!」


 真っ先に部屋に入ってきた騎士にそう告げられ、私は驚きを隠せなかった。


(国王陛下と王妃の殺害容疑? 何それ? 一体どういう事?)


 ソファーに座っている私に二人の騎士が近寄ってきて、両脇から無理矢理私を立たせた。


「痛いっ! 私は何もしていません! ずっとこの部屋にいました!」


 ケンブル先生の所に行ったり、庭を散歩してオリヴァーに会ったりはしたけれど、バカ正直に話す事じゃないわよね。


「黙れ! お前の姿を見たというメイドがいるんだ! それに国王陛下からこの部屋に滞在するように言われて不満があったとも聞いている。さっさと連れて行け!」


「はっ!」


 私は二人の騎士に腕を掴まれたまま、部屋から連れ出された。


 そして王宮の中を連れ回され、階段を下りた地下の牢獄へと入れられた。


 内装は豪華だけれど、一面が鉄格子で出来ている。


 恐らく貴族や高貴な人が入れられる牢獄なのだろう。


 私を連れてきたのがアラスター王太子なので、ここに入れられたに違いない。


 確かにあの部屋に軟禁されている事に不満はあったけれど、国王陛下と王妃を殺害するまでの事じゃないわよね。


 仕方なく牢獄の中にあるソファーに腰を下ろしていると、誰かがこちらに駆け寄ってきた。


「キャサリン嬢、大丈夫ですか?」


 アラスター王太子がウォーレンと他の誰かを連れてやって来た。


 良かった。アラスター王太子が来てくれたからすぐにでもここから出してもらえるわ。


 私はソファーから立ち上がってアラスター王太子の元に駆け寄った。


「キャサリン嬢、こんな所に入れられてしまって申し訳ありません。宰相、すぐにキャサリン嬢をここから出して下さい!」


 アラスター王太子は鉄格子を掴むと、後ろを振り返って叫んだ。


 どうやら一緒にやって来たのはこの国の宰相のようだ。


 そういえば、国王陛下の執務室を訪ねた時にあの場にいたような気がする。


「アラスター様、それは出来ません。キャサリン嬢に陛下と王妃様の殺害容疑がかかっている以上、ここから出すわけにはいきません。アラスター様はそれよりも陛下のお側に付いていて下さい。医師からは時間の問題だと言われております」


 アラスター王太子はグッと唇を噛み締めて、鉄格子の隙間から手を入れて私の手を握った。


「キャサリン嬢、父上は今、瀕死の状態なのです。必ずここから出して差し上げますから待っていて下さい」


 国王陛下はまだ息があるのね。


 ブリジットはどうなのかしら?


 それを訊ねるよりも先にアラスター王太子はウォーレン達を連れてこの場を離れて行った。


 猫になればこの鉄格子の隙間から出られるんだけど、アラスター王太子もウォーレンもそれには思い至らないみたいね。


 私はふぅと息を吐くとまたソファーへと座り直した。

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