第31話 旦那と畳は新しい方が良い

 ブリジットは食事をしながら向かいに座るアラスター王太子の姿をじっと眺めていた。


(このところ、ますます格好良くなってきたわね)


 アラスター王太子に初めて会ったのはブリジットが王妃教育のために登城してきた頃だった。


 二十歳になったばかりのブリジットに対してアラスター王太子はまだ八歳だった。


(子供の頃からお父様には『将来はこの国の王妃にしてやるぞ』と言われて来たけれど、まさかお父様と歳の変わらない子持ちに嫁がされるとは思わなかったわ)


 小さい頃は同じ歳の王子がいてその人に嫁ぐのだと思っていたが、大きくなるにつれてこの国にまだ王子はいないと気が付いた。


 そしてブリジットが十二歳になる年にようやく王子が誕生したのだ。


(一回りも年下の王子なんて嫁げるわけないわ。お父様ったら、出来もしない事を私に言っていたのね)


 しかし、王妃はアラスター王太子を産んだ後で体調を崩したらしく、五年後には亡くなってしまった。


 王妃が亡くなって一年後、パクストン公爵は国王にブリジットを娶るように迫った。


 一度は固辞したものの、王妃がいない事で支障をきたす事もあったし、何より跡継ぎが一人しかいない事に多くの貴族が懸念していた。


 そこでようやくブリジットを王妃にすると発表したのだ。


 ブリジットは反発したが、結局は父親に逆らえず、渋々結婚を承諾した。


 早目に顔合わせをしていた方がいいだろうと、王妃教育の傍ら、アラスター王太子と会う機会を設けられた。


 もっとも顔を合わせた所で、お互いに話す事などなかったが…。


 ブリジットにとっては騒がしくてやんちゃな子供でないだけマシだった。


 そんな小さな子供だったアラスター王太子も、十五歳くらいになると、めっきり大人っぽくなっていった。


 隣国のエヴァンズ王国に数ヶ月留学した後で、顔を合わせた時にはあまりの王子様然とした姿に思わず見惚れてしまっていた。


(やだ、こんなに素敵になるなんて、あの頃には想像もしていなかったわ)


 その頃から、国王の目のない所では、アラスター王太子に擦り寄っていった。


 最初の頃は真っ赤な顔をして、困ったように俯いていたアラスター王太子だったが、いつの間にかブリジットの事を軽くあしらうようになっていった。


 その事が余計にブリジットの心に火をつけた。


 父親に逆らえず言われるまま国王と結婚したが、父親と同い年の夫が嫌で仕方がなかった。


 国王はそれなりに見てくれは良かったが、年相応には老けていた。


 周りの令嬢はほぼ、同年代の若い男性と結婚をしているのに、自分だけがこんな年寄りと結婚するなんて納得がいかなかった。


 それに国王は前王妃を愛していて、長年子供が授からなくても側妃を娶らなかったと聞いていた。


(きっと、未だに前王妃の事を想っていて私の事などお飾りだと思っているに違いないわ)


 そう思っていたブリジットに反して国王は若い王妃にのめり込んでいった。


 長年の禁欲生活の後で迎えた若くて豊満なブリジットの身体に夢中になっていったのだ。


 ブリジットがその身体を刷り寄せるだけで、国王は面白いくらいにブリジットのわがままを聞いてやった。


 オリヴァーが生まれた時はアラスター王太子の時以上に喜んでいた。


 大抵のブリジットのわがままを聞いてくれる国王だったが、最近のブリジットには少々不満があった。


 それは女盛りのブリジットに対して、国王があまり相手をしてくれなくなった事だ。


 年相応だと言われれば当然かもしれないが、ブリジットにとっては物足りない事極まりない。


 そんな欲求不満を抱えているブリジットの前に、成長したアラスター王太子が現れたのだ。


 あのキャサリンとかいう女を連れてきてから益々磨きがかかったように見える。


(邪魔な国王がいなくなれば、アラスターは私のモノになるわ。あのキャサリンも一緒に始末してしまえばいいんだもの)


 ブリジットはアラスター王太子の裸を想像しながら、ペロリと舌舐めずりをする。


(あのたくましい胸に抱かれる日が待ち遠しいわ)


 ブリジットは自分が疑われずに国王を始末する方法を探るのだった。

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