第19話 神に祈りを

「ところで、アラスター様は何か用事があって来られたんでしょう?」


 ケンブル先生に問われてアラスター王太子は『天の助け』とばかりにホッとした顔で頷いた。


「そ、そうなんだ。実はここにいるキャサリン嬢が誰かに呪いをかけられたらしく、クシャミをすると猫に変化してしまうんだ」 


 やっと本題に入ってくれたけれど、私の絵姿については後できっちりとアラスター王太子と話をしなくてはね。


「呪いで猫に? それは大変興味深い! ちょっとクシャミをして猫になってもらえますか?」


 ケンブル先生は勢いよく立ち上がると、素早く私の前に移動してきた。


 目の前に現れたケンブル先生に気圧されて、思わずのけぞってしまう。


 なんとなくボサボサの髪の毛が臭うようなのは気の所為かしら。


「あ、あの…。猫になるのは良いんですが、そうなると人間の言葉が喋れなく鳴るんですけど…」 


 遠回しに断ろうと思うのに、ケンブル先生はますます興味を持ったようだ。


「猫になったら人間の言葉を喋れない!? それは実に興味深い! やはり今すぐ猫に…」


 にじり寄ってくるケンブル先生の目が爛々と輝いている。


 やっぱりマッドサイエンティストという印象は間違いなかったようね。


「ケンブル先生、落ち着いてください」


 アラスター王太子がケンブル先生と私の間に入り込んでくる。


 アラスター王太子の広い背に庇われてちょっとキュンとしてしまうわ。


「そんな事を言われても、無理もないですよ。禁術である呪いが使われたのに加えて、猫に変化するんですからね。しかし、よくもまあ、呪いなんてかけましたよね。よほど破られない自信があるのかしら?」


 こっそりとアラスター王太子の背中から顔を覗かせると、ケンブル先生は眉間にシワを寄せて考え込んでいる。


「解呪についてはおいおい考えるとして、それよりもケンブル先生には魔道具を作って欲しいんですよ」 


「魔道具? 何の?」 


「キャサリン嬢は猫から人間に戻ると、はだか…、いえ一糸まとわぬ… いや服を着ていない状態になってしまうので、それを解決する魔道具を作って欲しいんです。ついでに猫になっても人間の言葉を喋れるような魔道具も作ってもらえたら、良いなと思っているんです」


 アラスター王太子のお願いにケンブル先生は口をポカンと開けたまま、固まっている。


「あの、ケンブル先生?」


 恐る恐るアラスター王太子が声をかけると、ケンブル先生はハッと我に返ると、突然手を胸の前で組むと床に跪いた。


「おお、神よ! 私にそのような魔道具を作る機会を与えてくださって感謝いたします。アーメン、ソーメン。ヒヤソーメン」


 思わず吹き出しそうになったのをグッと堪えた私は、ケンブル先生が転生者だと確信した。


 けれど、アラスター王太子達はケンブル先生のお祈りの言葉を聞いても何も言わない。


 恐らく日常的に聞いていて、その言葉に慣れているのかもしれない。


 案の定、アラスター王太子は私を振り返ると苦笑いをこぼした。


「びっくりしただろう? あれはケンブル先生の口癖でね。なんでもケンブル先生の信仰している神様へのお祈りの言葉らしいんだ。だけど神様の名前を聞いても『はて、何だっけ?』としか言わないんだ。これからケンブル先生と関わる以上、今のような事があると思うけれど、無視していていいからね」


 アラスター王太子に柔らかく微笑まれると、それだけで何もかも許してしまいそうになるわ。


 いけない!


 気をしっかり持つのよ。私!


「わかりました。ところでアラスター王太子。後で私の絵姿についてお話をしたいのですが…。よろしいですね?」


 ニコッと微笑むとアラスター王太子は少し青褪めた顔で、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「…モチロンデス」

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