第18話 隠し撮り

 ケンブル先生は顔を上げてじっとこちらを見ていたが、自分がゴーグルを着けたままなのを思い出したらしく、慌ててゴーグルを外した。


(あら? 女性だったの?) 


 てっきり男性だと思っていたが、ゴーグルを外した顔を見る限り、中年の女性だった。


 どのくらい魔道具作りに没頭していたのかは知らないが、身だしなみは気にしない人のようだ。


 ケンブル先生は私の顔をじっと見つめていたが、何かに思い至ったようにパッと笑顔になった。


「アラスター様。もしかして隠し撮りをされていたキャサリン様ですか? おめでとうございます。とうとう婚約なされたのですね」


 何か今、物凄く聞き捨てならない言葉を聞いたんだけれど、アラスター王太子とケンブル先生のどちらに突っ込めばいいのかしら?


「せ、先生! それは秘密にしてくれって言ったじゃないですか! あ!」 


 私より先にアラスター王太子が反応したんだけれど、自分の失言に気付いて口を押さえている。


 ウォーレンとエイダがすかさずアラスター王太子に詰め寄った。


「アラスター様、『隠し撮り』って何ですか?」


「秘密にしなければいけないような事をなさっていたのですか?」


 二人に詰め寄られ、アラスター王太子はウロウロと視線を彷徨わせて私と目が合った。


 ここは私も二人に便乗させてもらおう。


「アラスター王太子、私にもぜひお聞かせくださいませ。『隠し撮り』ってどういう事ですか?」


 アラスター王太子はケンブル先生に助けを求めようとしたけれど、ケンブル先生は我関せずとばかりにまた魔道具作りに没頭していた。


 ケンブル先生の態度に絶望的な顔をしたアラスター王太子だったけれど、覚悟を決めたらしく潔く私に頭を下げてきた。


「キャサリン嬢、申し訳ない。最初の留学から帰ってもキャサリン嬢が忘れられなくて…。肖像画は無理だから、他に何かキャサリン嬢の姿を残せる物が欲しくてケンブル先生に相談したんだ。そうしたら新しい魔道具を作ってくれて…。それを使えば人の姿を一瞬で絵姿にする事が出来るんだ。だけど、直接キャサリン嬢にお願い出来なくて…」


 やっぱりケンブル先生が作ったのは『カメラ』だったみたいね。


 と、言う事はケンブル先生も転生者って事なのかしら?


 だけど、今ここでケンブル先生に尋ねるわけにもいかないわね。


 それよりも隠し撮りされた絵姿がちょっと気になるわ。


 私はアラスター王太子に向かって手を指したした。


 差し出された手を見て、アラスター王太子が「え?」と、戸惑ったように顔を上げる。


「アラスター王太子。私にはその『隠し撮り』された絵姿を見る権利があると思うのですが、如何でしょう?」


 少し冷えた声が出てしまったけれど、それも致し方ないと思うのよね。


 アラスター王太子は唇をキュッと噛みしめると、コクコクと頷いた。


 そして上着の内ポケットから何枚かの名刺サイズの紙を取り出した。


 すぐに渡してこないのは、私がその絵姿を破るか捨てるかすると思っているみたい。


 『隠し撮り』されたのはちょっと頭にくるけれど、自分の絵姿を破ったり捨てたりはしたくないわね。


 おずおずと差し出された絵姿を受け取って目を通していく。


 そこには数年前からの私の姿が、前世の写真のように残されていた。


 この世界では写真なんてないから、こうして何年か前の自分の姿が見られるなんてちょっと嬉しいわ。


 隠し撮りなんて、あまり気分の良いものじゃないけれどね。


「これだけですか?」


 そう、アラスター王太子に尋ねると、ついと視線を逸らされた。


「…他にも何枚か…」 


「キャサリン様の絵姿なら百枚くらいあったはずですよ。それぐらい現像させられましたから」


 いつの間にか作業を終えたケンブル先生が、こちらを見ながらニマニマしている。


 ケンブル先生に暴露されたアラスター王太子は真っ青な顔になっているし、エイダは顔を真っ赤にして怒っているし、ウォーレンは残念な子供を見るような目をしている。


 この調子では、私の魔道具作りはいつになるのかわからないわね。

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