第4話 クシャミ1回ル◯3錠

 満足して顔を上げると、私をじっと見ていたアラスター王太子と目が合った。


 アラスター王太子は私の顔を見てプッと吹き出した。


「ヒゲにミルクが付いているよ。君は他の猫みたいに口の周りを舐めたりしないのかい?」


(口の周りを舐めるって、そんなお行儀の悪い事は出来ないわ。ナプキンも無いし、自分で拭く事も出来ないからしょうがないじゃない)


 すると、アラスター王太子はテーブルの上にあったティッシュを取って私の口の周りを拭いてくれた。


 いくら猫の姿になったとはいえ、まさかアラスター王太子に口を拭いてもらうなんて、無茶苦茶恥ずかしい。


 それでもお礼は言わなきゃね。


「ニャン(ありがとう)」


 そう言ってペコリと頭を下げると、アラスター王太子も従者も目を丸くしている。


「猫がお礼を言った?」


「…まさか?」


 そんなふうに驚かれるのは無理もないけれど、人間の言葉を喋れない以上、説明のしようがないわね。


「きっとものすごく賢い猫なんだろう。もしかしたら誰かに飼われていたのかも」


 アラスター王太子は私を抱き上げると、腕の中に抱え込んで私の顔を覗き込む。


(うわっ! こんな間近でアラスター王太子の顔をみられるなんて! 美形の破壊力は半端ないわね)


 何度か顔を合わせた事はあるが、こんなに間近で顔を見るのは初めてだ。


 セドリック王太子もそれなりに顔は整っているが、アラスター王太子はそれを更に上回っている。


 何しろ『あの瞳に見つめられただけで妊娠する』とまで言われているくらいだ。


『そんな大げさな』と一笑に伏していたけれど、実際にこんなに間近で見つめられたらあながち嘘でもないかもしれないと思ってしまう。


 だけど婚約者だったセドリック王太子にも抱きしめられた事もないのに、猫の姿とはいえ抱っこされているなんていたたまれないわ。


 下に降りようと身体をよじると、アラスター王太子はあっさりと私をソファーの上に下ろしてくれた。


 普通の猫ならば、ここで毛繕いをして身体に付いた人間の匂いを落とすところなんだろうけれど、流石にこの長毛を舐める気にはならないわ。


 一回ペロリとやると、舌が毛だらけになりそうだわ。


 とりあえずお腹も満たされたし、ここでくつろぐとしましょうか。


 私がその場に丸くなると、アラスター王太子も私の隣に腰を下ろした。


 先程まで見ていた書類に再び目を通している。


(何が書いてあるのかしら?) 


 ちょっと気になって顔を上げてそっと書類を覗き込んだが、生憎とアラスター王太子の腕が邪魔で読む事が出来ない。


 私は諦めてまた頭を下ろして寝る体勢に入る。


 とりあえずアラスター王太子は私を追い出したりはしないようだけど、いつまでここにいられるかもわからない。


 アラスター王太子もいずれは国に帰るだろうから、その時に私をどうするかよね。


 この呪いがすぐに解けるものなのか、一生続くものなのかもわからない。


(もしかして、一生猫のままなのかしら?) 


 そう考えてゾッとした。


「ニャッニャーッ!(そんなの嫌だ!)」


 叫んだはずなのに私の口から出るのは相変わらず猫の鳴き声である。


 しかも突然私が鳴き声を出したものだから、アラスター王太子がびっくりして私を凝視している。


「どうしたんだ? いきなり鳴き出して? 涙が出ているぞ。何か悲しい事でも思い出したのか?」 


(涙が出てる? 猫でも涙が出るのかしら?)


 私は知らない内に涙を流していたようだ。


 アラスター王太子はテーブルの上のティッシュを取って私の涙を拭いてくれた。


 優しいのは嬉しいんだけど、イケメン王太子にそんなに甲斐甲斐しく世話を焼かれると落ち着かないわね。


 涙をぬぐってくれたけれど、ティッシュの一部が私の鼻を掠めた。


 ムズムズとした感触の後で、当然のようにクシャミが出てしまう。


「クシュン!」


 その途端、「ポンッ」と音がして私は人間の姿に戻っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る