第3話 ティファニー(?)で朝食を

 優しく身体を撫でられた感覚に、うっすらと目を開けるとそこは見知らぬ部屋だった。


 先程まで撫でられていたみたいだが、今は誰も私の身体を触ってはいない。


 ハッとして頭を上げて自分の身体を見下ろしたが、やはり相変わらず猫のままだった。


 がっかりしながらも今、自分が置かれている状況を確認する事にした。


 ここはどうやらホテルの一室のようだ。


 配置されている家具や調度品をみると、どうやら高級ホテルらしい。


 その部屋の片隅にクッションが置かれ、その上に私は横たわっている。


 顔を上げてキョロキョロと辺りを見回すと、ソファーに腰掛けている人物が目に入って私は唖然とした。


(…あれは、コールリッジ王国のアラスター王太子!?) 


 昨日の夜会に客人の一人として招かれていた隣国の王太子だった。


 どうして彼がここに?


 考えるまでもなく、この部屋がアラスター王太子が滞在している部屋だからに違いない。


 さっきひかれそうになった馬車はアラスター王太子が乗っていたものだったのだろう。


 ソファーに座って書類に目を通していたアラスター王太子は、私の視線に気が付いたのか、ふとこちらに目を向けた。


 私が目を覚ましているのを見て、ニコリと笑いかける。


「やぁ、目が覚めたのか。足の怪我は心配ないよ。さっき医者に診てもらったからね。しばらく安静にしていれば大丈夫だそうだ。お腹が空いてるだろう? 何か用意させるよ」


 アラスター王太子がテーブルの上の呼び鈴を鳴らすと、誰かが部屋に入ってきた。


「アラスター様、お呼びですか?」


「あの猫が目を覚ました。食事の用意をしてやってくれ」


「かしこまりました」


 男性の声が聞こえて一旦、扉が閉じられたが、すぐにお盆を抱えて入室してきた。


「さあ、どうぞ」


 私の目の前にお盆が置かれて、その中にはミルクの入った皿と、キャットフードの入った皿が並べられている。


 ミルクはともかく、流石にキャットフードを食べる気にはならないわね。


 少しだけ身体を起こしてミルクの入った皿にペロリと舌を入れてみた。


(…美味しい…)


 久しぶりに口に入れたせいか、いつも飲むミルクより数段美味しく感じられた。


 …それにしてもまだるっこしいわね。


 ペロペロと舌を出し入れしてミルクをすくいながら飲む。


 人間のようにイッキ飲み出来ないのがもどかしい。


 ようやくミルクを飲み終えてひとごこちつくと私はまたクッションに横たわった。


「おや、お腹は空いていないのかい?」


 アラスター王太子が近寄ってきてキャットフードの入った皿を私の口に近付けてくるが、私はプイと顔を反らした。


 いくら猫にされたとはいえ、そこでキャットフードを口にするのは人間としてのプライドが許さないわね。


 だけどお腹は空いているから当然のように主張してくるのよね。


「くうぅ~」


 その音は当然、アラスター王太子にも聞こえたようで、一瞬目を丸くした王太子はプッと吹き出した。


「なんだ、やっぱりお腹が空いているんじゃないか。ほら、遠慮せずにお上がり」


 またもや皿を私に近付けてくるけれど、私はパシッとその皿をはねのけた。


「ニャッ、ニャー!(そんなの私が食べられるわけないでしょ!)」


 人間の言葉が喋れたらいいのに、猫の鳴き声しか出てこないのがもどかしい。


 皿は王太子の手から落ちてカランと床にひっくり返った。


 中身のキャットフードは床にぶちまけられてしまっている。


 まだドライフードだったから良かったものの、ウエットフードだったら、床の絨毯を汚してしまったに違いない。


(しまった! せっかく私を助けてくれたのに、こんな態度を取ったら絶対に追い出されるわ!) 


 ビクビクとしながら身体を小さくすると、アラスター王太子は驚いていた顔から柔らかい笑みへと変えた。


「これは嫌いだったのかな? 何を食べさせたらいいんだろう?」


 アラスター王太子は私を怒ったりする事もなく、私に食べられそうな物を考えている。


「アラスター様。朝食のパンがのこっております。あれでしたらちぎって与えれば食べられるのではないかと」


 先程、私の前にお盆を置いた男性がアラスター王太子に進言している。


 彼も確か昨日の夜会で見たような気がするわ。


 アラスター王太子の後ろに控えていたから、彼の従者かしらね。


「そうか。じゃあ、それを持ってきてくれ。それとミルクのおかわりも頼むよ」


「かしこまりました」


 一旦、部屋を出て行った従者は、パンの入った籠とミルクの入った瓶を提げて戻って来た。


 アラスター王太子はそれを受け取ると新しいお皿にパンを細かくちぎって入れてくれた。


(これなら食べられるかも)


 身体を起こしてパンの欠片をパクリと口に含んで咀嚼すると、パンの甘みが口の中に広がった。


(美味しい! ただのパンなのに『空腹は最高のソース』って言うのは本当ね)


 私は夢中でパンとミルクを堪能したのだった。 

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