常夜の国の霧学者は今度こそ終まで星を愛でていたい。

鳥路

1:常夜の国と文官への依頼

私達が暮らすアルグステイン王国には「太陽」が登らない

二百年前、夜の魔王に襲撃されたアルグステイン王国は周囲を「常夜の帳」と「略奪の霧」に包まれた

常夜の帳は太陽の光を遮り、略奪の霧は帳の先へ向かおうとしたものから大事なものを奪った


二百年経過した今も、それらは健在である

霧は未だに晴れず、そして夜も明けず…


「今日もまた、アルグステイン王国は夜のままですね」

「そうだな。今日もまた夜だけがこの国に存在している」


彼に呼びされた王城のバルコニーにて

王都を見下ろしながら、私達は当たり前の事を語り合う


「かつて太陽に愛された国と呼ばれた姿は面影すらありませんね」

「それも、もうしばらくの間だけだ。俺がこの国に太陽を取り戻して見せるのだから」

「見込みはできたのですか?」

「まあな。伝承の通りに事象を果たせれば、夜の魔王が残した夜は取り払える…はずだ」

「しかし、それはこの国に伝わる「太陽伝説」を準える前提ですよね。その要である祠は三年前に破壊されましたが…いかがなされるおつもりで?」

「それなんだよなぁ…!全く!国の重要文化財をぶっ壊す馬鹿はどこのどいつだ!」

「……」


「ま。こんなところでうだうだ言っても復元できる代物では無いからな。聞かなかった事にしてくれ」

「承りました」

「なあ、ステラ」

「はい」

「…太陽伝説の巫女を異世界から召喚せず、伝説を準える方法ってあると思うか?」

「巫女の召喚が太陽伝説の始まりと重なった不必要な事象であれば、可能性こそありますが。現段階ではなんとも言えませんね」

「そうか」


私を呼び出したアルグステイン王国第二王子「ユピテル・アルマハルチェ」はゆっくりと息を吐き、目を伏せる


「また振り出しかねぇ」

「道を見つけられただけでも十分な進歩ですよ。今後も継続して助力をさせて頂きますので、ユピテル様は私達を上手く扱ってくださいな」

「…そう言ってくれると嬉しいよ。いい臣下に恵まれたものだ」

「それは結果を出してから言うものですよ」


「十分出してくれているさ。ところでステラ」

「何でしょう」

「あいつとは上手くやってんの?」

「…ええ、まあ。世間一般の定義に当てはめれば、上手くいっているかと」

「お前が本の話以外で顔が紅潮する日が来るとはなぁ」

「そ、それは昔の話です!私とて年頃なのですから!これぐらいは…」

「ほうほう。相当上手くいっているわけだ。いやはや…幼馴染であり、信頼の置ける親友ではあるが、厄介ごとを抱えている男を紹介した身としては心配していてな。まさかそこまで上手くいっているとは。俺も安心したよ」


ニヨニヨとした薄気味悪い笑みを浮かべているユピテル様は安心しただけで終わらせる期はないらしい

ユピテル様の性格は「彼」ほどの付き合いは無いにせよ、十分理解できている領域にいると自負している

よって、ここから何をしでかしてくるのか…嫌でも理解できる


「で、お二人の馴れ初めというのをお聞かせ願いたいのだが…」

「やっぱりこう来ましたね。他人の恋路なんて面白くないでしょうに」

「ほう、ステラ。お前は恋愛小説を読んでも心が揺れ動くことが無いと。あんなに大衆向けの恋愛小説を読みふけ、他者の恋路へ胸を躍らせていた頃のステラはどこに行ってしまったのやら」

「現実と創作の話は、また別だと思うのですが」

「俺は一緒だと思うけどな。で、どうなんだ?これは俺からのお願いであり、命令では無いから拒絶する権利はあるが…」

「普段であれば拒否するところではありますが、今回は私からもユピテル様にはご報告すべき事があると思っています。ちょうどいい機会です。要望通りお話しさせていただきます」


「…何、この前振り。俺は今からとんでもないこと聞かされるのか?」

「そうですね。とんでもないことをお聞き頂くことになりますね」

「…まさか」

「ええ。そのまさかです。では、お話しさせていただきますね」

「私はまだ心の準備ができてないぞステラ」

「ユピテル様が私へ「あの命令」をされた時ですね」

「話を聞いてくれ」


ユピテル様の制止を聞かず、私は語り出す

三ヶ月前。彼が私にとある命令を下した時まで遡ろう


・・


三ヶ月前、ユピテル様から彼の執務室まで呼び出された


「やあやあやあやあ!よく来てくれたな、ステラ!」

「ごきげんよう、ユピテル様。宮廷文官ステラ・ルーデンダルク。ただいま参りました」

「堅苦しいのはよしてくれ。俺とステラの仲じゃないか」

「確かに私が学生をしていた頃からユピテル様は私の読書仲間ではあります」

「そうそう!趣味が合う仲良しさんだ!」


「しかし、宮廷文官と王族という立場になった今、身分差と周囲がそれを許してはくれませんよ」

「厳しいな、ステラ」

「当然です」


私は今、国に仕える身

かつてのように、学生気分で王家へ名を連ねるユピテル様へ友達のように接するわけにはいかない

彼の態度が王族としてふさわしくないのであれば、無礼を承知でそれを正さなければいけない立場なのだ


「三年会わないだけでステラが滅茶苦茶厳しくなった」

「社会を知り、大人になったと言って頂けますか?」

「あはは。そうともいうな。でも、遠慮無しの進言は変わらないな」

「無礼であれば控えますが」

「そう言ってくれる人間は貴重だよ。お前は、このままでいてくれ」

「承りました」


どこか寂しげに遠くを見るあたり、昔はユピテル様へズケズケと様々な進言をしてきた人間がいたのだろう

しかしその存在はどこにもいない

…あれ?ユピテル様にはそんな相手がきちんといるはずでは?


「ところでユピテル様。本日はどのようなご用件で?」

「ああ。そうだな。ステラ」

「はい」


気を取り直し、今日呼び出された理由を聞こう

彼がこうして呼び出したということは相当厄介な事象だろう

本音を言うのなら、心底聞きたくないのだが…聞かないといけないんだよな


「学生だったお前が文官として国に尽くしてくれるようになってから、かれこれ三年が経過したな」

「はい」

「つまり、お前にとって唯一の友であるソフィアが天文分野の学者に就任してから三年が経過したということになるな」

「そうなりますね」

「そう。三年だ。その間、お前は国民の識字率上昇の為、教育機関に出向いたり、学者の依頼を受け、報告書や論文の代筆を沢山引き受けてくれたな」

「はい」


前半はどう考えても文官の仕事ではないような気がするが、他でもないユピテル様の命令だ

やってみれば結構楽しかったので…文句は言わないでおこう


「おかげで国がいい方向に進んでくれたよ。ありがとう」

「当然のことをしたまでです」

「しかし…その間、ソフィアからは報告書が一枚も提出されていない」

「…はい?」


名前が挙がったソフィア君…ソフィア・アングトロイカは田舎にいた時代から行動を共にしている盟友だ

昔から天体観測が趣味で、宮廷お抱え学者になった今は天体に関する調査を日夜行っていると聞いていた

田舎から王都の学校へ、それから宮廷に仕える進路の全てを共にした私の盟友は、私が多忙な生活を送っている裏で落ちぶれていたらしい


「三年あって、一枚も?」

「ああ。他にも二人いるが、片方はアステルだ」

「あしゅてるくん!?」


これまた名前が挙がったアステル君…アステル・フローレルカは私とソフィア君がいた田舎の土地を管理していた貴族のご子息だ

貴族でありながら、孤児院にいた私とソフィア君とよく遊んでくれたお兄さん的な存在でもある

広大な土地を所有し、そこで母親と共に花を愛でるのが好きな植物学者

今では短期間かつ丈夫に育つ食物の研究をしていると聞いているのだが…こちらもまたソフィア君と同じ道を辿っているらしい


「なんでその二人が…いや、もう一人いらっしゃるんですよね」

「ああ。三人とも面談は行ったんだが、揃いも揃って口を割らなくてな。理由を話さないものだから兄上の逆鱗に触れ、現在進行形で宮廷学者を解任されそうになっている」

「それは、まずいですね」

「ああ。俺としてもこの三人が解任されるのはどうしても防ぎたくてな。できれば俺のお抱えにしたいところなんだが…」

「学者の采配は第一王子が握られている」


学者達は第一王子「ヘラ・アルマハルチェ」の管轄

兵士達は第一王女「ヘスティア・アルマハルチェ」の管轄と聞く

そして文官達はユピテル様の管轄

つまりのところ、私は現状のユピテル様が自由に動かせる配下に当たる訳だ


「…面倒な仕組みですよね、この分割管理制度。一体何のメリットがあるのやら」

「本当だよ。纏めて管理した方が楽なのにな」

「仰るとおりです。それで、貴方は私に何をさせるおつもりで?」

「兄上はどうも三人の重要性を理解していない。だからこそ、私が三人に最低限の義務をこなさせることができれば、俺の管理下に引き取っていいと言質と契約を結べたのだが」

「…最低限の義務。報告書の提出ですか」

「そうなるな。ステラには俺の代わりにその三人が報告書を提出し、俺の元へ下る手伝いをしてほしい」


「…確かに文官として、言語が異なる学者の報告書代筆に携わったりはしましたが。手伝いはまた別ではないでしょうか」

「無茶を承知なのはわかっている。けれど、あの三人だけは取り逃したくないんだ。ソフィアは平民という立場だから後があるが…」

「…もしかして、もう一人はアステル君同様貴族ですか?」

「ああ。貴族が宮廷で結果を出せなければ後はわかるだろう?家の恥として処分される」


貴族階級の皆々様は、王家に奉仕できなければ一家の恥とされ、存在を消されると聞いたことはあったが、本当だったとは


「…アステルとソフィアは俺が時間を稼ぐ。お前には、もう一人の報告書を早急に完成させてほしい。二人以上に報告書を出し渋っているあいつにはもう時間が無いんだ」

「…その方の名は」

「ラトリア・カルディシネマ」

「貴方が焦りを見せたところから王族関係者か身近な貴族かと思ってはいましたが…その中でも一番厄介なお方が来ましたね」

「お前も聞いたことがあったか。略奪の霧に感情を奪われた心の学者であり、俺の唯一無二の親友を助けるため、どうか手を貸してくれないか」


この日が、全ての始まり

しがない文官であった私が彼と出会う全てのきっかけ

それは、彼の親友が願った救済から始まったのだ

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