ヴォイド戦線・独立遊撃部隊713
バンリ
第一話
振動で身体を揺すられる感覚と右側から何かに伸し掛かられている様な圧迫感に、高坂 亮はゆっくりと目を覚ました。
バスの一角で窓際を確保していた為か窓縁に身体を寄せるようにしながら眠ってしまっていたようだった。
「……むにゃむにゃ」
そして右肩の重みの正体へと視線を向ければ頭から獣耳を生やした小さな少女が涎を垂らしながら眠っていた。
赤いグラデーションが入った黒髪が印象的な、目鼻立ちの整った少女。
何て無防備な…と思うような状況ではあるが、まあ気が気が抜けるのは分からなくもない。
彼女は猫山 美愛。
高坂 亮とは幼馴染である彼女だが、今現在も起きようとする気配はない。
(バスに揺られて3時間か…まだまだ、時間は掛かりそうだな)
窓際に寄り掛かったまま外を眺める亮。
何にもない。一面が草原とも言える緑一色の景色。
空は快晴で日の光がこれでもかと大地を照らしている。
ああ。まさにド田舎である。
いや、ド田舎という言葉も正しくないだろう。
周囲を見ても一軒家の一つも見たらあない、何らかの建物も、ましてや畑の類も見当たらない。
しかしもう少し走れば見えてくる筈なのだ。
亮達が目指す場所、その全容が。
「……おい。美愛」
「……んー」
自身の右肩に頭を預け、眠っている美愛の身体を揺すった。
しかし、その目が開けられる事はない。
美愛はまだ夢の中から抜け出せないでいるようだった。
「起きろ。そろそろ肩が痛い」
「…んー」
身体を揺する力を更に強めると流石に彼女も反応する。
揺すられるままに、ゆっくりと目を開けた美愛は寝惚け顔のまま周囲を見渡し、そのまま至近距離で亮と視線が合った。
細長い瞳孔の琥珀色の瞳に見つめられた。
「………」
「美愛、起きたか。流石にもう準備を―――」
チュっと美愛は亮の唇に唇を重ねた。唐突だった。
「…………」
「…りょーぅ」
「急にするのはびっくりするからやめなさい」
「あたっ!……あれ、着いた?着いたかにゃ?」
バードキスという物だった。
しかし亮はさほど動じずに美愛の額を小突く事で返した。
びっくりした様に飛び跳ねると、目が覚めた美愛は額を抑えながら慌てていた。
どうやら直前の行為も含めて記憶がないらしい。
まあ、寝惚けていたのなら別に変な話ではないのだが。
「まだだけど準備しとけ。到着時間的にそろそろだから」
「うーん……了解にゃー。まだ寝足りないけどぉー」
キスされる事も慣れっこなせいか何事もなかったかのように亮は荷台からバッグを下し、美愛もそれに倣う。
未だ欠伸をし続ける美愛。そんな姿に苦笑いを浮かべながらも亮は視線を外へと向け直す。
変わらない景色も終わる。丘を越えた先に眼下へと広がる。
四方を長大な壁に囲まれた拠点が見えてきたのだ。
「………亮。見えた?」
亮の右腕に身体を寄せながら美愛は尋ねた。
「ああ。見えてきたよ」
高坂 亮らの故郷。第7都市『フヅキ』と呼ばれるその街の郊外に目的地があった。
能力者の養成・訓練を目的とした『第4能力者訓練校』
今日この日をもって二人は入学する事となる。
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