7. アップリケ
善意で言ってくれていることはすごくよく分かる。
でも――――。
その話は今はしたくなかったのだ。
嫌な沈黙が流れる――――。
何か言おうとしたが、どんな言葉も取り繕ったような空虚な感じがして、口に出すのがはばかられ、ただうつむいていた。
「ちょっと言いすぎちゃった。ゴメンねっ!」
紗枝ちゃんはそう言うと荷物をまとめ、
「まぁちょっと、時間がある時にでも考えてみて? じゃあねっ!」
そう言ってにこやかに手を振り、出ていった。
笑顔がどうしても作れず、手を振り返すことしかできない。そんな自分が情けなくなり大きくため息をついてしまう。
紗枝ちゃんが言うことは正論だった。東京で仕事がうまくいかずにテンパっている頃、『アドバイスしてやる』と男たちに次々と言葉巧みに言い寄られた経験がトラウマになってしまっているのだ。
あまりに狡猾な男どものやり口にうんざりし、男性との甘い暮らしというのがまったくイメージできなくなってしまっていた。
おばあちゃんの介護を口実に人づきあいから距離を置いているのは事実だろう。そして、そんな暮らしを続けるうちに本当に人との付き合い方も分からなくなってしまっていた。
変わらねば――――。
自分でもそう思う。
この世界のシステムに介入しておばあちゃんの認知症を治すんだ、なんてことはスピリチュアルに頭をやられたおかしい人にしか見えないし、とても誰にも言えない。こんなことに貴重な二十代の時間を使ってていいのかと聞かれたら、肯定的な意見は出せそうになかった。
しかし――――。
だからといって祖母を施設に入れて男探しをするだなんてとても考えられない。
少なくとも何か区切りがつくまではできることを全力でやるしかないのだ。聡明な少女の祖母に会い、あの光り輝く世界樹を目にした以上、突き進むことが自分の運命に違いない。
コーヒーカップの中でゆらゆらと揺れる明かりを眺めながら、ギュッと奥歯をかみしめた。
◇
何度寝てもシステムに繋がらない日々に業を煮やし、再びネットで調べ始める。「同じ夢を見る方法」「意識的な夢」などのキーワードで検索を重ねるうちに、「瞑想」という言葉にたどり着いた。
瞑想は人間の深層意識にダイレクトにアクセスする方法だという。スティーブジョブズも高く評価していた瞑想、今やGoogleなどでも社員研修に取り入れられているほどだという。世界の最先端を行くITエンジニアたちが積極的に取り入れている瞑想。それは確かに魅力的だった。
「試して……みるかな……」
顔を上げ、キラキラと明かりを受けて煌めくグラスの列を見ながら、静かにつぶやく。
◇
早速瞑想の基本を学び、実践し始めた。しかし、全くうまくいかない。何も考えないようにしようとしてもすぐに雑念が次々と湧き上がってきてしまう。とても瞑想状態にまで意識を落としていけない。何度も何度もやってるのに、目に見える成果が得られないことへの焦りが胸を締め付ける。
だが、何度も挫折しそうになりながらも、諦めなかった。祖母の笑顔を取り戻すという強い思いが、ギリギリのところで気持ちを支え続ける。
瞑想を始めてから一週間が経とうとしていたある夜のこと。いつものように座禅を組み、呼吸に意識を集中させていた意識が、突如としてスゥっと落ちていく――――。
お……?
何が起こったのか分からないが、どんどん意識は地中へと落ちていく。
徐々にフワフワしてくる身体――――。
こ、これは……?
今までとは全く違う展開に少し怖くなったが、逆らわず、心を落ち着け、ただ、落ちていく意識をそのまま受け入れていった。
◇
キラキラとクリスタルの輝きが見える――――。
気がつくと再びあの光に満ちた空間にいた。
おぉぉぉ……。
今度は夢ではない。はっきりとした意識を保ったまま、巨大なシステムの中に立っていたのだ。
やったわ……。
トロンとした目で辺りを見回す。微細な光にキラキラと煌めくクリスタルの森。そしてそれらを覆うかのような壮大な世界樹――――。
ついに戻ってこれたのだ。
静かに微笑み、偉大なる世界樹を見上げる。光を纏う偉大なるクリスタルの巨木。ここに全てがあるのだ。
だが、心は不思議と静かだった。まるで故郷に戻ってきたような安らいだ気持ちに包まれている。きっとここが本来の心の故郷なのだろう。
「ただいま……」
世界樹に微笑みかけると心なしか世界樹がキラキラっと煌めき、返事をしてくれたように見えた。
◇
さて、ついにこの世界を動かしている世界にまでやってきたが、祖母を治すにはどうしたらいいのだろうか……?
理屈で言えば分離してしまった祖母の魂を見つけ出し、身体を制御しているところまで連れて行けばいいのだろうが、何がどこにあるかもさっぱりわからない。
「おばあちゃーん……どこー?」
声をかけながら辺りを見回す――――。
しかし、キラキラと輝くクリスタルの木々があるばかりで途方に暮れてしまう。
どうしたら……?
その時、どこからか鳴き声が聞こえた。
「ケロッ、ケロケロ……」
え……? 何……?
気がつくと足元に緑色の何かがピョンピョンと跳んでいる。
目を凝らすと、そこには祖母からもらったお守りについていたカエルのアップリケがいた。手のひらサイズでまるで生きているかのように飛び跳ねていたのだ。
「えっ!? あ、あなたは……」
カエルは美咲を見上げ、また「ケロケロッ」と鳴くと、まるで導くように世界樹の方角へと跳び始めた。
「ま、待って!」
急いでカエルの後を追った。祖母のお守りについていたカエルならきっと祖母に繋がる何かへと導いてくれるだろう。
祖母が一針一針想いを込めて縫ってくれたアップリケ。その想いが今、自分を導いている。そう思うだけで胸がジーンと熱くなるのを感じていた。
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