6. 伝説の世界樹
だが――――。
すぐに我に返って顔をしかめ、首をひねった。そうだったとしてそのバグをどう直すのだろうか? この世界がシミュレーションだったとして、その中のキャラクターに過ぎない自分は、どうやってそのシステムに介入すればいいのだろうか?
くぅぅぅ……。
頭を抱えてしまう。そんな方法到底思いつかない。この世には自分より賢い人などごまんといるのだ。彼らが成し遂げていないことを一介の雑貨店員にできるわけがない。
しかし、諦めるわけにもいかない。祖母の認知症は悪化する一方だ。少女の祖母の魂はいつまでも持たないに違いない。早く何とかしないと――――。
その夜は、ベッドに横たわりながらも一生懸命考え続けた。
「世界がシミュレーションだったとしたらどこに入り口がある……? グラスを透かして見た時のような一瞬のバグをさがす……。どうやって?」
答えのない問いを延々と堂々巡りで繰り返す――――。
そんな思いを巡らせているうちに、いつの間にか深い眠りに落ちていく。
そして――――。
夢を見た。
気がつくと無数のクリスタルが林立する広大な空間に立っていた。それぞれのクリスタルの中に微細な光の筋が縦横無尽に走り回っており、そこを微細な光の微粒子の群れがリズミカルに流れ続けている。
「すごい……綺麗だわ……」
それはまるで、光で作られた森のように見えた。
そっとクリスタルに触ってみると光の波がクリスタルの中にゆっくりと波紋を描く。そしてほんのりと温かい熱が伝わってくる。
「素敵……」
顔を上げるとクリスタルの森のはるか向こうには、想像を絶する巨大な光のクリスタルがそびえ立っていた。上空に多くのクリスタルの枝を伸ばし、膨大な光の微粒子を振りまきながらその頂は宇宙の彼方にまで届きそうに見える。それは言うならば世界樹。世界を支える伝説の巨樹のような威容を誇っていた。
「こ、これだわ……」
世界樹を眺めながら、自然とこれがこの世界を創り出している【システム】であることが分かってしまった。そう、この躍動する無数の光の微粒子一つ一つが何らかの演算であり、誰かの想いや活動を表しているに違いない。
自然と涙があふれてくる。自分たちの世界を創っている神の世界、それはこれほどまでに美しかったとは思いもしなかったのだ。
「すごい! すごいわ!」
つい興奮してグッとこぶしを握った瞬間だった――――。
見慣れた天井が視界を占めた。
あ、あれ……?
そう、あまりに興奮しすぎて起きてしまったのだ。
「ダ、ダメよ! もう一度寝なくちゃ!!」
慌てて毛布をかぶってみたがもう二度と寝ることは叶わなかった。
こうして初のシステムとの邂逅は予想外のところでいきなり始まり、すぐに終わりを迎えてしまったのだった。
◇
それから何日も、同じ夢を見ようと試み続けた。しかし、二度とシステムとはつながることはできなかった。
「なんでなのよぉ……」
毎朝パシッと枕を叩き口をとがらせるが、そんなことしてもシステムへは全然近づけないのだ。
この世界があのシステムにより、創られ、運用されているのは間違いないだろう。しかし、どうやっても再度アクセスできない現実は心に重くのしかかっていた。
◇
「あら、どうしたの? 寝不足?」
遊びに来た紗枝ちゃんがクッキーをポリポリとかじりながら、顔をのぞきこんでくる。
「お、おばあちゃんの症状を良くしたいと……思ってて……」
ため息をつきながら下を向く。
「おばあちゃんのことは感謝してるわ。本当に助かってる。でも……。そろそろ潮時じゃないかしら?」
紗枝ちゃんは小首をかしげながら眉をしかめる。
「し、潮時って……?」
「施設よ。もう一人で介護し続けられるレベルじゃないって思うの」
「し、施設だなんて本気でそんなこと思ってるの!?」
バンとテーブルに手をつき、立ち上がってしまった。大切で自慢の祖母が有象無象の老人の中で、雑な扱いを受けるイメージが胸を締め付ける。
「い、いや、本当は私たちももっとお世話を手つだいたいわよ。でも、うちには子供もいるし、食べて行くためには仕事もしなきゃいけない。その中でできることなんて限られているわ。それに最近の施設って悪くないのよ?」
「ダメ! 嫌です! おばあちゃんは私が何とかします!」
噛み締めた奥歯がギリッと音を立てる。
「……。あのね、美咲ちゃん。美咲ちゃんももういい歳よ? 浮いた話もなくずっと介護だなんてそんなことおばあちゃんが本当に望んでるって思うの?」
痛いところを突かれてキュッと口を結んだ。確かにもう自分の周りでは独身の女なんて誰もいない。多くは子供を持ち、みんな幸せに暮らしているのだ。東京での暮らしになじめずに地元に帰ってきてから、人づきあいが怖くなって仕事や介護に逃げているのは事実だった。
「いい人紹介してあげるから自分の幸せも考え……」
「結構です!」
つい声を荒げてしまう。その出した声の大きさは、自分自身が驚いてしまうほどの勢いだった。
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