第29話 巡のチョコレート。

なりふり構っていられない。

夕飯時の非常識な時間帯だが、巡に連絡をして、「巡、今から会えないかな?」と聞くと、「どこで?」と返された。


申し訳なかったが学校の最寄駅まで巡に来てもらう。


学校の最寄駅、俺はそこで巡に告白をしてもらった。

なんとなく、駅で巡に会いたかった。


急いで支度をして、玄関で「出かけてくる」と言うと、普段の「夕飯!洗い物どうすんのよ!」もなく、「終電逃したらお母さんが迎えに行ってあげるわ」と言われて感謝をした。


急ぎすぎたのと、電車がうまいこと来て、待ち時間なく駅に着いてしまったから、巡を待つ事になった。


それでも予想より遅く巡はくる。



待ち時間の長さは、病院の待ち時間の嫌な空気感に似ていて、口の中がひりついた。


少しして「験?来たよ」と言った巡を見た時に、泣きそうになる。

多分、この気持ちをかつての巡も、宮城光も、白城さんも味わった。


それに気付くと申し訳なさを覚えてしまう。


「巡、土曜日の夜にごめん。どうしても会いたかったんだ」


何を話せばいいのか、待ち時間に沢山考えたのに、言い訳のように沢山考えたのに、巡を前にしたら何も出てこなかった。


「ううん。平気だよ。それよりも顔、なんか凄いよ?大丈夫?」

「うん。母さんにも心配されたけど大丈夫」


俺は何も考えられずに「…巡。今日さ、バレンタインデーだよね。俺、巡からチョコを貰いたいんだ」と言うと、巡は穏やかに微笑んでから「験は誰からも貰わなかったの?」と聞いてきた。


「いや、宮城がくれて、白城さんもくれた」

「おお、モテモテだね。なら私のチョコはいらなくない?」


巡の言葉に泣きそうになりながら首を横に振って、「巡のチョコが欲しいんだ」と言うと、普段の優しい笑顔じゃない巡が「なんで?」と聞いてきた。


この顔は余命宣告をされて、悩んだ末に巡にノーカンを提案した時の顔だった。


「私と験はそこまでの仲かな?仲良くしてたけど、距離が近いのは宮城さんや白城さんだよね?」


冷たい言葉、怖い声。

ずっと付き合ってから死ぬまでの巡しか知らなかったから驚いた。


母さんの変わりようを見れば想像もついた。

死ぬことがわかってからお金をバカみたいに使わせてくれていたのが、健康だったらケチになる。


巡もきっと嫌な日もあった。

怒りたい日もあった。

それなのにもう死ぬからと許してくれていた。

そんな事にも気付いていなかった。



巡からもう一度、「なんで私からチョコを貰いたいの?」と聞かれた時、「変な奴って思われてもいいから、聞いて欲しいことがあるんだ」と言って、「少し歩けないかな?」と頼んで駅を離れる。


駅を出てすぐ、「話は何?」と聞いてくる巡に、「俺は一度死んでいた」と言った。


「え?験?」

「夢かも知れない。でも俺は夢じゃないと思っているんだ。2年になった4月の新学期、学校帰りにさっきの場所で巡から告白をして貰った。嬉しくてたまらなくて、これからの日々を沢山考えた。ゴールデンウィーク、夏休み、沢山の考え、考えるだけで嬉しかったのに、背中に痛みが走って倒れた。そうしたら手遅れになった病気が見つかった。余命一年だった」


俺は一気に言う。

巡は口を挟むのではなく、考えているのか、聞いてくれるのか、黙ってくれていた。


「俺は巡にノーカウントを申し出たけど巡は断ってくれたんだ。それから一年、死ぬまでずっと一緒にいてくれた。スマホの機種変も2人でして、たくさんの写真を撮った。甘党天国のスイーツ達を食べられなくなって、味がわからなくなった俺の分まで食べてくれた」


「遊園地は倒れたら困るからって行けなくて、代わりにミュージアムに行ったりした。毎週泊まりに来てくれた。歩けなくなるまで学校に行けるようにしてくれて、野口達も手を貸してくれて、巡との時間をとにかく過ごしたんだ」


「そして梅雨ごろ、今がいつなのか、起きてるのか寝ているのか、わからなくなって弱った頃、俺は死ぬんだ。俺を呼ぶ巡の声に返事をしたいのに出来ない中、『巡、今度会えたらまた一緒になろう』って伝えたいと思っている時、『験!今度も会えたらまた一緒になろう!』って巡が言ってくれたんだ。そして目が覚めたら一年の4月で、俺は慌てて手術をしたんだ」



一気に捲し立てるように言う俺は、変人認定されるだろうか、でも伝えたかった。

一瞬の間、巡のリアクションが気になって聞こうとした時、巡が口を開いた。



「梅雨明けはまだ遠い日。6月29日だよ。その日に験は死んじゃうの。明け方から苦しみ出した。私は験のお母さんが迎えに来てくれて、車の中で覚悟をするように言われて、泣きながら病室に行くの。験は一度は持ち直してくれて、強い痛み止めで私の事なんてわからない。でも声をかけると、少しだけど穏やかになってくれて、それで沢山話したよ。デートの話も泊まった日の話もしたよ。遊園地の約束もしたのに行かなかった事を話したよ」


驚きに目を丸くして巡を見たら巡は泣いていた。


「言ったよ、『験!今度も会えたらまた一緒になろう!』って私言ったよ。聞こえていたんだね?験も言ってくれたんだね」


巡は俺に抱きついて「神様、ありがとうございます。験は約束を守ってくれました」と言い、「長かったよ。今日まで待ってくれてありがとう験。全部話すね。聞いて」と続けた。


頭が混乱していて理解の追いつかない俺が「巡?」と聞くと、「えへへ」と笑った巡は鞄からチョコを取り出してくれると、「はい。私からの手作りチョコだよ。験が欲しいって言うのを待っていたんだよ」と言ってチョコを渡してくれた。


「中、見ていい?」

「勿論だよ。食べてみてよ。前の時は「味わかんねぇ。勿体ねぇ。悔しい」って言ってたし、あれと同じ味だよ」


本当に巡が覚えていた事に驚きながら箱を開けると、中には手紙があった。

そこには巡の字で「今度こそずっと一緒」と書かれていた。


嬉しさから危うく手が震えてチョコを落としそうになる。


必死になって助けてくれる巡が、「わぁ!ダメだよ験」と言いながらチョコを支えてくれる中、ひと口食べたチョコレートは本当に俺好みで美味しかった。

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