思いがけない味方
……どうして呼ばれたのだろう。
香り高いはずなのに緊張で味がしない紅茶を飲みながら、アデルは前に座る澄ました顔を盗み見た。
カミーユ・アダン。この国の王太子。
吸い込まれそうなほど綺麗な青い目を細め、カミーユは微笑んだ。
カミーユが極秘でアデルに会いたいと手紙を届けてきたのは、数日前のことだった。会いたい理由はわからなかったが、アデルを気遣う文面と、力になりたいという言葉で会うことを決めた。
アランとベルナールは難色を示したが、アデルには甘いので、サラと護衛3人を連れていくのならと折れてくれた。
家門のないお忍び用の馬車で王城へ来てからここまで、案内をしてくれたカミーユの従者以外に誰も会わなかった。
お茶を用意してもらった礼儀として口をつけたけれど、正直に言うと早く本題に入ってほしい。アデルがケーキに手をつけないのを見て、カミーユはティーカップを置いた。
「突然呼び出してすまない。まずは、私の生誕パーティーであのような騒ぎを起こしてしまったことを深くお詫びする」
「いいえ、カミーユ殿下のせいではございません」
「イネス嬢を招待しなければ起こらなかったことだ」
この間のパーティーの責任者はカミーユだ。自分の生誕パーティーを取り仕切って王太子として相応しいと証明すべきところを、イネス・フェイユが台無しにした。
本当にカミーユのせいではないのだが、そういうわけにもいかないのだろう。招待客を決めるのも、またカミーユの仕事だからだ。
「謝罪を受け入れます」
「感謝する」
アデルの目を見たカミーユは、すっと雰囲気を変えた。先ほどまでの優しさは消え、凛とした空気を身にまとう。
「本題に入ろう。……私は、テオバルト・ヴァレリーは冤罪だと思っている」
「……っ!」
「テオバルトには剣の指南をしてもらったことも、護衛をしてもらったこともある。善人で、多額の横領をする人間とは思えなかった」
「テオバルト様は冤罪です」
アデルがきっぱり言うと、カミーユは頷いた。
「アデル嬢はテオバルトの冤罪を晴らすために動いていると聞いた」
「ええ、その通りです」
「私がテオバルトのことを知ったのは、裁判が終わってからだった。テオバルトが犯人だと示す証拠は多くあり、何よりブライアン・カンテの証言があった」
「ブライアン・カンテは今まで多くの横領を上奏してきました。自分の親族さえも容赦なく……。ブライアン・カンテが偽の証拠を掴まされたのではと考えています」
「私もそう思う。問題は、その証拠はブライアン・カンテが信じるほどの出来だということだ。私も見たが、テオバルトの人柄を知る者でなければ疑問を抱かないものだった」
「おっしゃる通りですわ」
カミーユは、揺るぎない真っすぐな目でアデルを見つめた。
「テオバルトの冤罪を晴らすため、私も協力しよう」
「カミーユ殿下……!」
思いがけない嬉しさに驚きながら、アデルは乙女ゲーム内のカミーユを思い出していた。
この国の王太子であるカミーユは、テオバルトのルートで、テオバルトを助けるために駆けずり回るヒロインを手助けしてくれる。
今はアデルがテオバルトを助けようとしているから、カミーユからの助けがなくて当然だと思っていた。アデルの悪評は知っているだろうに、カミーユはテオバルトを助けたい一心で協力を申し出てくれたのだ。
(これでテオバルト様を救えるわ……!)
テオバルトは、ほかのキャラクターのルートには一切出てこない。
ゲームの攻略サイトを見てそれを知った時は残念に思ったが、今はそれが別の意味を持つと知っている。
ゲームでヒロインがテオバルトを選ばなかった場合、テオバルトの冤罪はずっと晴らされないままなのだ。
「ありがとうございます、カミーユ殿下。さっそくですが、お願いがあるのです」
「なにかな?」
「テオバルト様の裁判で提出された証拠品を、筆跡鑑定師に見せたいのです。以前手紙を送ったのですが、ブライアン・カンテから見せられないと返事が来て」
「ブライアン・カンテから?」
「ええ」
しばらく考えていたカミーユは、ゆっくりと首を振った。
「おかしいな。ブライアン・カンテは財務署だろう? 証拠品の管理はまた別の部署がしているはずだ」
「証拠品を提出したのはブライアン・カンテなので、本人の許可がいるのだと思っていましたが、違うのですか?」
「証拠品は提出した時点で専門の部署が管理する。ブライアン・カンテの意思は関係ない」
「……それほどまでに、私が証拠を改ざんすると思われているのでしょうか……」
ショックを受けるアデルに、カミーユは優しい声をかけた。
「それは関係ないはずだよ、アデル嬢。こちらでも調べてみよう」
「……はい。お願いいたします」
「こちらで証拠品をいくつか借りるようにしておくから、帰りに受け取ってくれ。裁判の前に返してくれたらいい」
「私が預ってもよろしいのですか?」
「ああ。アデル嬢ならば、ぞんざいに扱うことはしないだろう?」
「ええ、もちろんですわ!」
アデルの胸に、カミーユが信じてくれた嬉しさが広がっていく。
それからしばらく談笑してから、カミーユは「よろしく頼む」と言って部屋を出ていった。しばらくしてからアデルも部屋を出て、すぐに王城を後にした。
家門がない馬車なので帰りに門で引き止められるかと思いきや、あっさりと出ることが出来た。カミーユが手をまわしておいてくれたようだ。
カミーユが預けてくれた証拠品は、裁判の証言と横領金の写し一覧や、テオバルト直筆の書類と改ざんされた書類が数枚ずつ。
「これで何かわかるかもしれない……!」
王城を出たその足で腕のいい鑑定士のところへ向かい、書類を預けた。クレール商会で働いている、信頼できる人間だ。
家に帰ったアデルは、まずアランとベルナールのところへ行き、無事に帰ってきたことを報告した。しばらく二人と話し、自室へ戻ると手紙が差し出された。
手紙を持っているサラの顔には隠しきれない不快感が出ている。
「どうしたの、サラ。そんな顔をするなんて珍しいわね」
「……騎士団からの手紙です」
「騎士団って、もしかして……!」
差出人を見ると、ジェラルド、マキシム、セルジュの連名だった。騎士団までアデルが話を聞きに行った3人は、しばらく来ないでくれと言っていたが、もう行ってもいいのだろうか。
手紙の封を切ると、中から白い便箋が出てきた。そっけない前文の後に、二日後の午後に来てくれと書いてある。
「……サラ、私、行くわ」
「止めても行くのでしょう? 私と護衛をお連れください」
「頼りにしているわ」
騎士団と聞くと、最初に思い浮かべるのはテオバルトではなく、ジェラルドたちの罵倒になってしまった。あの時のことを考えると、どうしても体がすくんでしまう。
けれど、行くのだ。テオバルトを救うために。
アデルの目にもう怯えはなく、まっすぐ前を見据えていた。
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