会場の混乱
俺は観客席から、サラリバンとヴァルドの対決を見守っていた。競技場は熱気に包まれ、観客の興奮した声が耳に届く。空気が張り詰め、まるで時間が止まったかのような緊張感が漂っていた。
二人のS級冒険者が向かい合って立つ姿は、まさに圧巻だった。サラリバンの冷静な佇まいと、ヴァルドの荒々しい雰囲気が対照的だ。サラリバンの周りには、微かな魔力の波動が感じられる。その波動は透明で穏やかだが、その中に秘められた力は計り知れない。一方、ヴァルドの周囲には、尋常ではない魔力が渦巻いていた。その魔力は黒く、重く、どこか禍々しさを帯びているように見える。まるで、暗黒の炎が彼を包み込んでいるかのようだった。
ヴァルドが猛然と突進する。その速さは、目で追うのがやっとだ。地面が軋むような音を立て、ヴァルドの足跡には黒い痕跡が残る。その痕跡から、薄い黒煙が立ち昇っているのが見えた。
サラリバンは、微動だにせず、じっとヴァルドの動きを見極めている。その目は鋭く、ヴァルドの全ての動きを捉えているようだ。俺は思わず身を乗り出した。このヴァルドの攻撃は防具に込めた防御力の想定を超えている。これは、間違いない。あのダンジョンでなにか目覚めた力だ。
ヴァルドの剣が閃く。その軌跡に、黒い霧のようなものが残る。剣そのものが、黒い炎に包まれているかのようだ。一撃の威力は尋常ではなく、空気が裂けるような音が響く。
しかし、その一撃はサラリバンの頬をかすめただけだった。サラリバンの動きは、まるで幻のようだった。彼の周りの空気が、わずかに歪んで見える。まるで、時空そのものを操っているかのような動きだ。
「なっ……!」
ヴァルドの驚きの声が聞こえる。サラリバンは軽やかに後方に跳び、間合いを取り直す。その動きには無駄が一切ない。まるで水が流れるような、滑らかさだ。
「相変わらず動きが大きいな、ヴァルド」
サラリバンの冷静な声に、ヴァルドの表情が歪む。その目には、狂気に近いものが宿っていた。瞳の中で、黒い炎が揺らめいているように見える。
「黙れ! この程度で俺を倒せると思うなよ!」
ヴァルドの全身から、異様な魔力が溢れ出す。その魔力は、通常のものとは明らかに質が違っていた。より濃く、より重く、そして禍々しい。
ヴァルドの次の攻撃は、さらに凶暴さを増していた。剣を振るう度に、空気が裂けるような音が響く。その軌跡には、黒い霧が渦巻いている。まるで、闇そのものを武器にしているかのようだ。
サラリバンは、その猛攻を巧みにかわしていく。ヴァルドの攻撃が当たりそうになる瞬間、サラリバンの体が霞むように揺らぎ、攻撃をすり抜ける。しかし、徐々に追い詰められていく様子が見て取れた。サラリバンの額に、汗が滲んでいるのが見える。
ヴァルドの攻撃は、次第にリズムを増していく。剣の一撃一撃が、まるで雷鳴のように響き渡る。その度に、競技場全体が揺れているように感じられた。観客たちは、息を呑んでその光景を見守っている。
サラリバンは、依然として冷静さを保っているように見えた。しかし、その動きには僅かな乱れが生じ始めている。ヴァルドの攻撃を完全にかわしきれず、剣風がサラリバンの服を切り裂く。
「どうした、サラリバン! これが俺の本当の力だ!」
ヴァルドの叫び声が、競技場に響き渡る。その声には、狂気と歓喜が混ざっていた。彼の周りの黒い霧が、さらに濃くなっていく。まるで、ヴァルド自身が闇に飲み込まれていくかのようだ。
サラリバンは、一瞬だけ目を閉じる。そして、再び開いた瞬間、彼の周りの空気が変わった。透明な波動が、彼の体を中心に広がっていく。
「強いな、ヴァルド。だが、それだけではS級冒険者は務まらんぞ」
サラリバンの声は、静かながらも力強い。彼は、ゆっくりと剣を構え直す。その姿勢から、計り知れない力が感じられた。
二人のS級冒険者が、再び向き合う。空気が、さらに張り詰めていく。まるで、次の一撃で決着がつくかのような緊張感が、競技場全体を包み込んだ。
そのとき、突然、俺の元に一人の使者が駆け寄ってきた。その顔は青ざめ、全身が汗でびっしょりと濡れている。
「ロアン様! ブレイクウォーター領からの緊急連絡です!」
俺は眉をひそめ、使者から手紙を受け取る。封を切り、中身を読み進めるうちに、俺の表情が強張っていった。
「例の結晶が……ほかにも、見つかった!? それも、大量に!?」
俺の心臓が早鐘を打つ。手紙には、ブレイクウォーター領で突如として魔物の大群が現れ、街を襲撃しているという内容が記されていた。俺の脳裏に、あの異界ダンジョンでの経験が蘇る。
ブレイクウォーター領で起きていることが、ここでの異変と関係しているのではないかという不安が頭をよぎる。ヴァルドの異様な魔力、そして俺が身につけている結晶、外に出てきた魔物たち。
そのとき、競技場に轟音が響き渡った。地面が大きく揺れ、観客席から悲鳴が上がる。
「な、何だ!?」
俺は驚いて立ち上がった。競技場の一角が崩れ落ち、そこから大量の魔物が湧き出してくるのが見えた。魔物たちの群れの中に、光る物体が見える。俺の目を疑う。間違いない、あれは異界ダンジョンで見た結晶だ。
「まさか……ダンジョンはギルドが管理していたもので飽和していたはずだろ!?」
パニックが起こり始めた。観客たちが我先にと逃げ出す。子供の泣き声、女性の悲鳴、男性の怒号が入り混じり、会場は瞬く間に地獄絵図と化した。サラリバンとヴァルドの試合はそれでも続いていた。
「ヴァルド! 試合は中止だ! 市民を守れ!」
「ああそうしてやらぁ……てめぇをぶっ飛ばしてからな……!」
サラリバンは冷静さを保ちながら、状況を見極めようとしているが、っヴァルドがそれを許さない。出てきているのはどれも低級の魔物だ。護衛は自分以外がやればいいと思っているのだろう。
「全員、落ち着いて! 秩序ある避難を!」
会場スタッフの声が響く。だが、俺の周囲にいるのは魔導通信を管理しているエンジニアばかりだ。戦闘職は散り散りになっている。まとまるために緊急の対処が必要だ。
俺は急いで、カイルを探す。この非常事態に、どう対処すべきか相談しなければならない。頭の中で、様々な可能性を検討する。魔物の侵入を食い止める方法、観客の安全な避難経路、そして何より、この事態の根本的な原因を突き止める必要がある。
競技場の外、そして街の外から現れた魔物たちが、街へと侵入し始めた。人々の悲鳴が街中に響き渡る。冒険者たちが必死に応戦するが、状況は刻一刻と悪化していく。
「くそっ、こんな所では範囲魔法が使えねえ!」
ある冒険者の叫び声が聞こえた。確かに、街中では大規模な魔法は使用できない。巻き込まれる一般市民が多すぎるのだ。それに、建物への被害も避けられない。この状況では、魔法使いたちの力を十分に発揮できないことになる。
俺は頭を抱えた。このままでは、街全体が魔物に飲み込まれてしまう。何か、打開策はないのか。
そのとき、これまでのクラフトの経験が、一瞬にして繋がったのだった。
そうだ。
俺がここにいる全員が魔物と戦えるぐらいの装備を、全て作り出せば良いんだ。
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