装備の完成と連鎖する不穏
B級ダンジョン「氷霧の迷宮」の入り口で、俺はサラリバンとアリアに向き合っていた。俺がクラフトを担当する二つのS級パーティの代表者の目には、期待と緊張が混じっている。氷の結晶が空中を舞い、息を吐くたびに白い霧が立ち上る。周囲の樹々は厚い霜に覆われ、枝先には鋭利な氷柱が下がっている。
「お待たせしました。これが新しい装備です。実戦で試してみてください」
俺は丁寧に包んだ装備を二人に手渡した。包みを解くと、そこには淡く光る防具と、鋭い輝きを放つ剣が姿を現した。
「ほう……これほど軽いのに、たしかな防御力があるのが見て取れる」
「剣だって、私が普段使っているのとランクに違いがないように見えるわよ」
「性能は、使ってみれば分かります。さあ、中に入りましょう」
三人はダンジョンの中へと足を踏み入れた。入り口を潜るとすぐに、周囲の温度が急激に下がる。冷たい空気が肌を刺し、鼻腔を通る度に痛みを感じる。足元から立ち上る霧が視界を遮り、数メートル先さえ見通すことができない。壁面には分厚い氷が張り付き、歪んだ自分たちの姿を映し出している。
最初の広間に入ると、突如として氷の魔物が現れた。それは人の形をしているが、全身が透き通った氷で形作られており、その中に青白い炎のような魔力が渦巻いている。サラリバンが即座に防御の構えをとる。魔物の氷の槍がサラリバンに激突するが、防具が淡く輝き、ダメージを完全に防いだ。
「驚いたな! まるで氷の攻撃が通らないようだ」
サラリバンの声が響く中、アリアが剣を振るった。その動きは目にも止まらぬ速さで、氷の魔物を一刀両断した。切り裂かれた魔物は、無数の氷の結晶となって空中に舞い散った。
「この軽さ、そして切れ味……素晴らしいわ」
俺は二人の反応は上々だ。それにしても、さすがS級の戦闘職。ヴァルドと直接対決をした俺ですら、速さを目で追うのがやっとだ。
「まだ始まったばかりです。もっと奥へ進みましょう」
三人は更に奥へと進んでいった。狭い通路、広い広間、そして危険な罠。様々な状況で装備の性能が試される。サラリバンの防具は、あらゆる属性の攻撃を受け止め、アリアの剣は、どんな敵も切り裂いていく。氷の魔物、凍りついた骨骸、そして魔力で動く氷像──次々と現れる敵を、二人は難なく倒していった。
俺は二人の戦いぶりを細かく観察していた。装備の動きや、魔力の流れ、そして使用者との相性──全てを頭に叩き込んでいく。
「アリアさんも、ぜひ防具を。サラリバンさんは大剣でしたよね。不慣れですが作ってみました、どうぞ」
アリアは防具をつけてから、安心感からかさらに大胆にその速度を増した。サラリバンも大剣の重さなどものともしない膂力で空気を切り裂き、わずかな光の筋を残す。その度に、敵は粉々に砕け散っていった。
数時間に及ぶテストの末、三人でダンジョンの中腹と思われる場所に到達してしまった。B級パーティが探索していたら一週間はかかるレベルの距離だ。そこには広大な氷の広間が広がっていた。天井は見上げるほど高く、氷柱が鍾乳石のように垂れ下がっている。床面は鏡のように滑らかで、歩く度にキィキィと音を立てる。
「ここまでくれば、十分なテストができたでしょう」
俺がそう言った瞬間だった。広間の中央にある巨大な氷柱が不気味な光を放ち始めた。その光は紫がかった赤色で、氷柱の内部で脈動しているように見える。
「これは……!」
俺は氷柱に近づき、慎重に観察を始めた。氷柱の中には、何か物体が封じ込められているように見える。それは結晶のような形をしているが、その構造は明らかに自然のものではない。
「この氷柱──どうしてこんなところに……」
「どういうこと?」
アリアが尋ねてくる。俺は、どこまでを言うべきか、迷っていた。サラリバンが眉をひそめる。彼の表情には、深い懸念の色が浮かんでいた。
俺は氷柱に手を触れた。すると、俺の指輪が反応し、微かに輝く。指先から、奇妙な感覚が伝わってきた。それは生きているような、しかし同時に古代の遺物のような、矛盾した印象だった。
「この氷柱──単なる氷ではありません。何か……意思のようなものを感じる」
直後、氷柱から強い魔力の波動が放たれた。三人で反射的に身を守る態勢を取る。波動は部屋中を駆け巡り、壁や天井の氷を共鳴させる。キィンという高い音が響き、氷の表面にひびが入り始めた。
「まさか──何かが目覚めようとしているようだ」
俺の顔から血の気が引く。この状況は、明らかに異常だった。B級ダンジョンでこのような現象が起こるはずがない。しかも、この魔力の波動は、明らかに魔界ダンジョンのものと似ている。ここで巻き込まれた先が、また抜け出せるものとは限らない。
「ここは一旦引き返そう。この異変は、すぐに報告しなければならない」
サラリバンが決断を下す。俺としては、結晶による魔力の増強のことはともかく、ダンジョンの異変まで報告するつもりはなかったが、こうなってはしかたない。ここまで事態が広がるなら、個人的な興味を優先している場合ではないんだ。
三人は急いでダンジョンを後にした。だが、ダンジョンを出た後、俺はアリアとサラリバンに向かって言った。
「装備のテストは上々でしたが──今の発見の方が、はるかに重大かもしれません」
サラリバンとアリアは頷いた。帰路に着く中で、俺は人知れぬ恐怖を覚えていた。俺には何の縁もゆかりも無い。だが、もし、この結晶が俺の何かに導かれるようにして発生しているのだとしたら──。
俺はこのままクラフトスキルを極めることを、どこかで諦めなければならなくなるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます