S級対抗戦の準備
馬車が国の中心部に入ると、街の雰囲気が一変した。通りには色とりどりの旗が翻り、人々の会話にはS級対抗戦の話題が溢れている。俺は窓から覗く活気ある街並みを眺めながら、胸の内に湧き上がる期待と不安を感じていた。
「随分と盛り上がっているな」
馬車を降り、S級対抗戦の準備会場に向かう。道すがら耳に入る断片的な会話から、この催しへの人々の期待の大きさが伝わってくる。
会場に到着すると、すでに何人かの顔見知りがいた。
「やあ、ロアン殿。久しぶりだな」
サラリバンが穏やかな微笑みを浮かべて近づいてきた。その隣には、鋭い眼光のアリアと、巨漢のガイウスの姿もあった。
「皆さん、お久しぶりです」
俺が挨拶を返すと、アリアが周囲を見回しながら口を開いた。
「ヴァルドの姿が見えないわね」
その言葉に、俺は思わず顔をしかめた。たしかに、あいつの姿はない。
「彼のことは置いておこう。我々にはやるべきことがある」
サラリバンが眉をひそめ、そう口にしたそのとき、カイルが壇上に立った。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。それでは、S級対抗戦で使用する装備の要件について説明させていただきます」
カイルの説明が始まると、会場は静まり返った。
「今回のS級対抗戦では、安全性と公平性を最優先に考えております。そのため、特殊な防具と攻撃システムを導入します」
カイルは大きなスクリーンに図を映し出しながら説明を続けた。
「まず、防具については強力な属性防御を持つものを使用します。この防具は、通常の攻撃ではほとんどダメージを受けません。しかし、特定の部位には弱点があり、その部分を破壊されると戦闘不能と判断されます」
俺は眉を寄せた。これは予想以上に高度な要求だ。通常の防具製作の概念を大きく覆すものだった。
「攻撃側には、この特殊防具の弱点を狙える専用の武器や魔法を用意します。これにより、一撃必殺のような事態を避けつつ、技術と戦略が重要となる戦いが実現できます」
説明を聞きながら、俺の頭の中ではすでにアイデアが渦巻いていた。ブレイクウォーター領で見つけた結晶。あれを使えば、この高度な要求に応えられるかもしれない。
説明会が終わると、俺は早速作業に取り掛かった。他の職人たちも同じように、それぞれのアイデアを形にしようと必死だ。
俺は机の上に結晶を置き、じっと観察した。この結晶には、魔力を増幅する特性がある。これを上手く利用すれば、通常では不可能な高度な魔力制御が可能になるかもしれない。
「よし、やってみるか」
俺は結晶を中心に据えた魔力増幅装置の設計に取り掛かった。この装置を介して魔力を流すことで、より精密な魔力制御が可能になるはずだ。
数日間、昼夜を問わず作業を続けた。何度も失敗を繰り返し、時には壁にぶつかることもあった。しかし、その度に魔界ダンジョンでの経験を思い出し、新たなアプローチを試みた。
そして、ついに成果が表れ始めた。結晶を用いた増幅装置により、俺のエンチャントとフォージのスキルが飛躍的に向上したのだ。まるでレベル3のスキルを擬似的に体験しているかのような感覚だった。
「これが……この感覚が続いたら……要求された防具が作れるかもしれない」
俺は工房で防具を鞣しながら悩み続ける。この結晶は魔界ダンジョンでみたものほど特殊なものではない、本当に能力を向上させるためだけのものみたいだ。基礎となる防具は、通常の鎧よりも軽量で、しなやかな素材を選び、着用者の動きを妨げることなく、十分な防御力を確保できるよう仕上げる。それをクラフトスキルを使って性能を底上げする。
魔法付与スキルがレベル2 『ハイエンチャント』からレベル3 『エンチャントエンジニア』へ。武具作成スキルがレベル2 『フォージアーティスト』からレベル3 『フォージマエストロ』へ。結晶の力を借りながらもその境界で成功と失敗を繰り返し、苦悩する。
鎧に魔力の流れを組み込んでいく。結晶の増幅効果により、俺は今まで以上に繊細な魔力制御が可能になっていた。鎧の表面全体に、複雑な魔力の回路を張り巡らせる。この回路が、外部からの攻撃を受け止め、分散させる役割を果たす。
さらに、鎧の特定の部位に「弱点」を設ける。この部分は、一見すると他の部分と変わらないが、特殊な魔力の流れを持っている。適切な方法で攻撃を受けると、この部分だけが崩壊するようになっている。これで安全性と競技性の両立ができるはずだ。
完成した防具を見つめながら、品質だけは満足できると思った。数日がかりだろうと、この国でもかなり上位の質で仕上げられている自信はある。だが、満ち足りない。これまで一般冒険者向けに作っていた装備とは性能が桁違いに良くなってるというのに。
次に、この防具に対応する武器の制作だ。これには、さらに高度な技術が必要となる。
俺は再び結晶の力を借りて、特殊な剣を作り上げようと、試みた。だが、そこで俺の手が止まる。予感がある。いや、わかっていた。わかっていたけれども、俺の生身の力として扱いたかったから、それを認めることができなかった。
「この結晶自体を、アクセサリーにしてしまえば……」
いまの俺にはそれができる。そして、俺の能力をこれまでにないほど引き上げてくれる。それは、ブレイクウォーター領での活動にも役に立つことだろう。自分の覚醒で最強能力を手に入れたかった。だが、俺は、クラフターだ。どうせ、生身にはC級に毛が生えた程度。最初から特殊能力付きの高性能武具に頼っていた俺からすれば、何ら抵抗を持つことなどなかった。
「なら、まずは、こいつから……」
俺は全神経を研ぎ澄ませ、結晶の装飾化に取り掛かった。
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