三領地会議

 朝もやの立ち込める首都の中心部に、国家魔導具管理局の巨大な建物が威容を誇っていた。俺は三人の領主と共に馬車から降り立った。


 まず目に入ったのは、アルデン領主ヘクター・アルデンの堂々とした姿だった。50代後半とおぼしき彼は、灰色がかった短髪と手入れの行き届いた口髭が特徴的だ。がっしりとした体格で、深緑色の上質な上着を着こなしている。その眼差しには長年の経験から来る慎重さと、危機管理能力の高さが窺えた。アルデン領は広大な森林地帯を有し、木材や薬草の産地として知られている。ヘクターは伝統を重んじつつも、新しい技術の導入には前向きらしい。


 次に目に留まったのは、ストーンヘッジ領主グスタフ・ストーンヘッジだ。60代後半の彼は、白髪まじりの長い髭を蓄え、頑丈な体つきをしていた。褐色の革製の上着は、鉱山労働者のそれを思わせる。深い皺の刻まれた顔には、長年の鉱山経営で培った強さと頑固さが表れている。ストーンヘッジ領は鉱物資源が豊富で、特に魔力結晶の産地として有名だ。グスタフは保守的な性格で、新しい技術の導入にはやや慎重とのこと。


 そして最後に、ブレイクウォーター領主エリザベス・ブレイクウォーターの姿があった。30代前半の彼女は、長い金髪を背中で一つに束ね、知的な雰囲気を漂わせている。青い瞳には鋭い洞察力が宿り、薄紫色の上品な服には水のような流麗な模様が施されていた。若くして領主の座に就いた彼女は、革新的な考えを持ち、積極的に新技術を取り入れようとする進歩的な人物として知られている。


 三人の領主たちの表情には、期待と不安が入り混じっているように見えた。彼らの領地が抱える問題の深刻さを、俺は改めて感じ取った。


 出迎えに現れたのは、カイル次官だった。


「ようこそおいでくださいました」


 カイルは俺たちを会議室へと案内する。


「本日は皆様にお集まりいただき、ありがとうございます。S級対抗戦の件で多大なご協力をいただくことになり、心から感謝申し上げます」


 カイルの言葉に、俺は軽く頷いた。S級対抗戦の準備は大変な作業になりそうだ。しかし、それ以上に気になるのは、三領地の抱える問題だった。会議室に入ると、すでに数人の役人が待機していた。全員が着席し、カイルが再び口を開いた。


「それでは、三領地の現状について、簡単にご説明いただけますでしょうか」


 三人の領主が順に説明を始める。魔力汚染の進行度、農作物や鉱物資源への影響、住民の健康被害。話を聞くにつれ、状況の深刻さに俺は眉をひそめた。説明が一通り終わると、カイルが俺に向き直った。


「ロアン様、この状況を踏まえて、どのような魔導具の製作が可能だとお考えでしょうか」


 俺は慎重に言葉を選びながら答えた。


「現時点では、魔力浄化と土壌改良を同時に行う装置が最も効果的だと考えています。ただし、広大な面積をカバーするには、複数の小型装置を連携させるネットワーク型のシステムが必要です」

「なるほど」


 カイルが頷く。


「具体的にどのような手順で開発を進めていくおつもりですか?」

「まず、各領地の土壌サンプルを詳細に分析します。その後、小規模なプロトタイプを製作し、テストフィールドでの実験を重ねます。並行して、ネットワークシステムの設計ですね」


 俺の説明に、三領主たちの表情が明るくなるのが見えた。しかし、財務官からの参加者が眉をひそめる。


「そこまで大がかりにやって、予算的に可能なのですか? カイルさんは、バックアップをお約束されたとのことですが、金には割り付けというものがありますからね」


 カイルが即座に応じた。


「S級対抗戦の収益を有効活用する方向で考えていますよ。成功すれば他の地域にも応用できる技術になるでしょうし」


 俺はカイルがバックアップをしてくれていることを感じ取った。S級対抗戦の協力と引き換えに、この問題解決を全面的に支援する気なのだろう。


 議論は白熱し、細かな点について話し合いが続いた。俺は黙って聞きながら、頭の中でやるべき全体像を組み立てていった。


「それでは、具体的な進め方についてまとめましょう。ロアン様を中心とした専門チームを結成し、各領地にテストフィールドを設置することから始めます」


 カイルがそう言うと、エリザベスが頷きながら言葉を添えた。


「テストフィールドの選定は、各領地で最も影響の大きい地域を優先させていただきます。各領地からの支援も、精一杯させていただきますので」

「ありがとうございます。できる限り早急に成果を出せるよう努めます」


 俺は静かに答えた。


「では、これにて会議を終了といたします。ロアン様、早速ですが明日にでもブレイクウォーター領に向かっていただけますでしょうか」


 カイルが締めくくる。俺は黙って頷いた。


 会議室を出る際、エリザベスが近づいてきた。


「ロアン殿、無理なお願いを引き受けてくださりありがとうございます。どうか我が領地をよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。分野ではありませんが……完遂まで、頑張ります」


 それだけの会話を済ませると、俺は急いで工房に戻り、出張の準備に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る