疲れ果てて

 目を開けると、見慣れた天井が目に入った。工房の二階、俺の寝室だ。体を起こそうとして、激しい倦怠感に襲われる。まるで全身の骨が砕けてしまったかのような痛みと重さだ。


「目が覚めましたか?」


 リサの声がした。顔を向けると、彼女が心配そうな顔で俺を見下ろしていた。その顔は疲労で青ざめ、目の下にはクマができている。それでも、俺が目を覚ましたことに安堵の表情を浮かべているのが分かった。


「リサ……俺は、どれくらい……」


 喉が乾いていて、声が出づらい。リサはすぐに水の入ったコップを差し出してくれた。


「今日で三日になります。何度か意識は戻られていましたが、記憶はありませんか?」


 リサの声に、驚きを隠せない。三日間も寝込んでいたのか。数度起きて最低限の栄養補給などはしたそうだが全く記憶がない。覚えているのは大量注文の納品だけ。ぎりぎりまで作業を続けて、そして──。最後の瞬間の記憶が曖昧だ。


「注文品は、無事に……?」


 俺の一番の心配事を察したように、リサはすぐに答えてくれた。


「はい、全て納品できました。お客様からも高評価をいただいています。特に、最後に作られた装備の品質が素晴らしかったと絶賛されていました」


 リサの言葉に安堵のため息が漏れる。しかし、同時に気になることがあった。


「ガレスとミアは?」

「二人も二日ほど寝込んでいましたが、今はもう回復して、作業をしてくれています」

「そうか。二人ともそんなに疲れて──」


 工房での二日間の空白。それは、ダンジョンタイムアタック用の納品を終わらせた後にやろうと思っていた注文を、完全に止めるものだった。


「うちの工房向けに溜まってた注文は!?」


 ガレスとミアが頑張ってくれていたとしても、仕上げは俺が見なければ納品ができないものも多い。たしか、数日も猶予がなかった注文がいくつかあったはず。


「はい、ですので、皆さんには私から謝罪に周り、納期の延長をご理解いただきました。今はグラムさんにも手伝っていただいて、なんとか繋いでいる状況です」

「その調整を、あの後、ぜんぶリサが……?」


 リサの様子が気になった。彼女の顔は疲労の色が濃く、コップを持つ手が小刻みに震えている。目は充血し、立っているのもやっとという様子だ。


「休んでいないのか!?」


 リサは目を伏すだけだった。必死に平静を装おうとしているが、その姿はどう考えても限界を超えている。売り子から新規注文の応対まで、すべて一人でこなしていたんだ。


「大丈夫です。私はまだ……」


 そう言いかけたリサの体が、前のめりに倒れそうになった。俺は反射的に飛び起きて、リサを抱き止めた。息が荒く、顔は蒼白だ。俺が起きた安心感で急激に疲労が回ってきたか。俺はリサをベッドに寝かせ、嘆息する。


「とにかく休んでくれ。家族のことだってどうせキミが全部やってたんだろう。残りは俺が全部いいようにやっとくから」

「すみません……」


 リサは最後の抵抗をするように目を開いたが、すぐに疲労に負けて閉じてしまった。俺は再度の深いため息をついた。みんなに無理をさせてしまった。これは俺の責任だ。あのときはハイになってて、まともな思考回路じゃなかった。


 しばらくしてガレスとミアが部屋に入ってきた。二人とも疲れた様子だが、俺の顔を見て安心したように微笑んだ。


「よう、ロアン。やっと目覚めたか」

「ロアンさん、大丈夫ですか? あっ……り、リサさん……!」

「二人とも、すまなかった。ミアは、リサのことを看ててくれないか」


 遅れている注文はまだ多いが、今の俺ならまとめて片付けられる。クラフトに対する自信と、スキルを使いこなしていたあのときの感覚はまだ残っていた。


 俺は作業場に向かった。机の上には山積みの注文書と作りかけの製品が散らばっている。まずは状況を把握しなければ。


「よし、優先順位を付けていくか」


 納期が迫っているものから順に仕分けしていく。剣や盾、防具、アクセサリー。数も多く特殊な条件も盛り込まれている。なんで俺はこんな注文を残しておきながら大口なんて取ったんだろうな。普通なら複数人で数日がかりでこなす量だ。


 だが、今の俺は違う。あの感覚を思い出す。複数のクラフトスキルが絡み合い、一つの大きな力となって体内を巡る。


「まずは複数同時作成と作業最適化のイメージを同時に」


 手を素材に伸ばすと、まるで意思を持つかのように材料が動き出す。素材はハンマーのひと叩きをするだけでも、無駄が削がれて必要な形に変容する。その作業を、一振りの勢いで複数同時にこなし、最適化された作業工程で素早く装備が作られていく。通常の倍以上のスピードだ。


 次は構造解析。作成した装備の本質を瞬時に理解し、それをまた別のスキルに活用する。本来なら何十回と繰り返し同じ物を作らなければわからないようなことが、一度のクラフトで雪崩のように情報が入ってくるようになる。素材や装備に対するスキルの最適化速度は以前とは段違いだった。


「このペースなら、何とかなりそうだ」


 額には汗が滲み、腕の筋肉は悲鳴を上げている。だが、止まるわけにはいかない。ロアンの工房として、俺の品を届けないと。


 時間の感覚が曖昧になる。どれくらい作業を続けただろうか。気がつけば、山積みだった注文品が着々と形になっていった。


「ロアンさん、無理をしすぎでは……」


 ミアが心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫だ。むしろ調子がいい。リサの様子はどうだ?」

「よく眠っています」

「そうか。起きたらこれを飲ませてやってくれ」


 俺は装備クラフトの合間に作っておいた特製の滋養強壮剤を渡して作業に戻る。俺やミヤたちの場合はスキルの使い過ぎで、脳というか、直接的には内臓ではない何かに無理かけていたためどうにもならなかったが、リサの場合は栄養さえ取れば回復はできるはず。


 その後も注文品を作り続けて、出来上がった商品の数々は、疲労しているにも関わらず品質は一定以上を保っていた。


「すごいな。ここに来てすぐからあんたのクラフトには見惚れてたのに、また別人みたいに腕が上がってるじゃないか」


 ガレスの声に、ようやく集中が切れる。作業台の上には、ほとんどの注文品が完成していた。


「あと少しで終わらせられそうだ」

「みたいだな。だが、もう休め。遅延は取り戻しただろ」

「……そうだな。今日はこのくらいにしよう」


 ガレスの言葉に、ようやく腰の辺りから体の疲れが押し寄せてきた。クラフトの方は、今日はもういいか。


「そしたら、冒険者ギルドの方に行ってくるよ」

「スキルを見てくるのか?」

「ああ。間違いなく、変化があるはずだ」


 感覚的にスキルの向上があるのは間違い。それは、どんなスキルであるのかをきちんと把握することで、さらに使いこなせるようになるのだ。鑑定所に行って、スキル名とレベルを確かめに行かなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る