覚醒の予兆

 納期まであと一週間。俺は必死に作業を続けていた。しかし、この数日間で、何かが少しずつ変わり始めていることに気づいていた。


 最初は些細な変化だった。クラフトスキルを切り替えるタイミングが、以前よりスムーズになった気がする。『ハイマテリアル』で素材を扱い、『フォージアーティスト』で形を整え、『ハイエンチャント』で魔力を込める。その一連の流れが、まるで一つの動作のようになっていく。


「ロアンさん、作業のスピードが上がっていますね」


 リサの声に、俺は我に返った。たしかに、いつもより多くの装備が完成している。


 それから二日後、さらに変化が現れた。複数の素材を同時に扱えるようになったのだ。一度に三つ、四つの装備を作り始めている自分に気づいて、俺は驚いた。


「これは……」


 俺は思わず呟いた。確かに効率は上がったが、完成品の質にはばらつきが出てしまう。それでも、この変化は大きな前進だった。


 そして納期三日前、決定的な変化が訪れた。一度作った装備を見つめていると、その構造が頭の中に鮮明に浮かび上がってきたのだ。まるで設計図が脳裏に焼き付いたかのように。


「これなら……」


 その感覚のまま、新たな素材に手を伸ばす。驚くべきことに、先ほどの装備とほぼ同じものが、半分以下の時間で完成した。性能は若干落ちるものの、外見上はほとんど見分けがつかない。


 作業を続けるうちに、体の動きがさらにスムーズになっていく。それぞれの工程が無駄なく繋がり、まるで一連の流れのように感じられる。疲労も予想よりずっと少ない。


 調合する時間、裁断する時間、火を当てる時間、冷やす時間、叩く時間、ありとあらゆる一行程ずつも、その必要時間がどんどん減っている。クラフトスキルそのものも、どんどん向上していくのがわかる。


 リサは俺を心配しつつも、休憩を促すことはなくなっていた。俺が作業に集中できるように。そして、合間の短い休憩で素早くエネルギー補給ができるように、食べやすい食事と水分をこっそりと置いておいてくれている。それ以外は、元の工房としての注文をこなすがガレスとミアのサポートをしてくれていた。


 ありがたい。みんなの働きが心強い限りだ。ミアがここまで献身的に仕事をしてくれる理由はわからないが、全てが終わったら聞こう。ガレスは義理堅い。リサは、多分、相当な無理をしている。この大口注文が捌けたら、たっぷり労ってやらないと。


 俺の体はまだ軽く、集中力も衰えていない。いける。最後まで保ちそうだ。


 そして納期前日、俺の中で何かが完全に変わった。指先から溢れ出る力が、これまでにない感覚で素材を操り始めたのだ。


 作業を再開すると、俺の体が自然と動き出した。手の動きが、まるで残像を残すかのように素早くなっている。一振りの動作で、複数の素材が同時に形を変えていく。


「何だ、これ……」


 驚きを隠せない。目の前の作業台では、五つの短剣が同時に形作られていく。たしかに、一つ一つの完成度は通常時より若干落ちるが、その分だけ製作速度が格段に上がっている。


 驚きを隠せない。目の前の作業台では、五つの短剣が同時に形作られていく。確かに、一つ一つの完成度は通常時より若干落ちるが、その分だけ製作速度が格段に上がっている。


 次に、完成した短剣を手に取る。じっと見つめていると、その構造が頭の中に鮮明に浮かび上がってきた。まるで設計図が脳裏に焼き付いたかのようだ。


「これなら……」


 その感覚のまま、新たな素材に手を伸ばす。驚くべきことに、先ほどの短剣とほぼ同じものが、半分以下の時間で完成した。性能は若干落ちるものの、外見上はほとんど見分けがつかない。


 作業を続けるうちに、体の動きがさらにスムーズになっていく。それぞれの工程が無駄なく繋がり、まるで一連の流れのように感じられる。疲労も予想よりずっと少ない。


「ロアンさん、先方からの連絡が。あと、二時間ほどで配送業者が来るようです」


 リサの声に、はっとする。気づけば、かなりの時間が経過していた。しかし、体はまだ軽く、集中力も衰えていない。


 これまでの完成品を見渡すと、さらに驚きの発見があった。これまでなら必ず何個かは出ていたはずの不良品が、ほとんど見当たらない。それどころか、全体的な完成度が以前より高くなっている気がする。


「これは一体……」


 俺は自分の手を見つめた。確かに何かが変わった。新たな力を得たことは間違いない。しかし、それが具体的に何なのかはまだ分からない。


 俺は深く目を閉じ、ハンマーを置いた。


「ロアンさん……?」


 リサが俺を心配して駆け寄ってくる。ミアも、ガレスも、俺に注目しているのが肌でわかった。


 それぐらい、最高度の集中状態にある。


 最終期限まで残り二時間。残りの作業を間に合わせるには、あまりにも永い時間だった。


「ふぅ……」


 深い海の底に潜るように、静かな空間で作業をしていたら、手元の素材が全てなくなっていた。


 終了だ。間にあった。注文を一つも欠けさせずに完遂したんだ。


 その直後、歓喜と喝采と、一つの悲鳴だけを聞いて、俺はその場に倒れ込んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る