クラフトスキルの先
翌日、工房に3人の男性クラフターが集まり、実技試験が行われた。俺は素材活用と特殊能力付与の二つの課題を出し、候補者たちはそれぞれの技術を披露した。試験を通じて、各候補者の特徴が明らかになり、俺とリサは慎重に評価を行った。
最終的に、俺は素材活用の技術に優れた候補者、ガレスの採用を決定した。ガレスは40代半ばの男性で、腕っ節の強さと繊細な技巧を併せ持つ職人だった。
「ようこそ、ガレス。これからよろしく頼む」
「ああ。あんたの工房で仕事できるたあ嬉しいよ。これで、俺の経歴にも箔がつくってもんだ」
俺がガレスと握手を交わすと、工房に新しい空気が流れ込んできたようだった。
新しいメンバーを迎え入れ、工房の体制が整っていく中、俺は以前から依頼されていた強化手袋と有毒ガス対策マスクの開発に取り掛かった。
「まずは強化手袋からだな」
俺は作業台に向かい、設計図を広げた。魔力増幅の技術を応用し、魔力を効率的に体内で循環させ、一時的に腕力を増強させる仕組みを作る。しかし、この魔力の制御回路の最適化については、俺の知識では不十分だった。
「リサ、この回路の配置については、あの商店の人が詳しかったはずだ。俺の知識では限界がある」
リサは頷き、別の工房や設計者に協力を仰ぎに行った。その間、俺はミアからもアドバイスを受けていた。魔道具に直接活かせる知識が多かったわけではないが、身体能力向上の魔法に関してはシルヴィより上かもしれなかった。何より肉体に流れる魔力のコントロールが精緻だ。そうしたポイントから基礎部分の粗を削ってもらい、数時間後にリサが持ってきた報告とを組み合わせて設計を改良した。
マスクの方は、浄水システムで培った技術を基に、空気中の有害物質を魔力で分解する機構を組み込んだ。さらに、有毒ガスを検知すると警告を発するセンサーも付けることにした。
こうした部分は魔物探知やトラップ探知などでクラフトスキルを使いまくってきた俺の得意分野だった。問題なのは、俺がスキルに頼りすぎると、量産のときに困るということ。『ジャッカロープ』と呼ばれる、探知能力が高い兎魔物のツノを素材にすることで、魔的なものに反応しやすい機構は作れるのだが。
やはり、ここだな。ここに、自分の能力に対しての不満がある。俺は、きっと、もっとそういう次元を越えてのクラフトがやりたいんだ。
開発は昼夜を問わず続いた。時には行き詰まり、何度も設計をやり直すこともあった。俺とリサ、そして新たに加わったガレスが、それぞれの専門知識を活かして問題解決に当たった。
そして、ついに試作品が完成した日。興奮冷めやらぬ様子で、俺たちはそれを手に取った。
「よし、実際に使ってみよう」
俺が強化手袋を着用すると、たちまち体に魔力が巡るのを感じた。支援魔法を受けているのと似たような感覚だ。試しに工房の隅に置いてあった重い金属の塊を持ち上げてみる。
「おお……!」
驚くほど軽々と持ち上がった。リサもガレスも目を丸くして見ていた。『魔導機ゴーレム』の素材が、今回の魔道具のベースとなっている。あれはレアモンスターに分類されるため、素材そのままを使うわけにはいかなかったが、『ブラックゴーレムの腕』と『サンダーバードの銀翼』などから素材を合成すれば代用は利いた。
国からの支援で足りない分の素材は、他の店に頼ることに割り切った。この仕事が落ち着いたら、またダンジョンに潜りたい。
次にマスクを着けてみる。呼吸がしやすく、視界も良好だ。試しに有害ガスに見立てた煙をマスクの周りで焚いてみたが、センサーが即座に反応し、警告音を発した。そして、煙はマスクに吸い込まれ、きれいな空気となって排出された。
「これは……すごいですね」
リサの声には、珍しく感嘆の色が混じっていた。
「これなら作業員の役に立つはずだ」
試作品が完成すると、俺たちはまずカリエルのもとへ向かった。約束通り、開発状況を報告するためだ。
「なるほど、素晴らしい出来栄えだ」
カリエルは試作品を手に取りながら感心した様子で言った。
「しかし、実際の現場での使用感はどうだろうか。現場の作業員に使ってもらって、フィードバックを得てくれ」
俺たちは早速、試作品を持って現場に向かった。作業員たちは最初、半信半疑の様子だったが、実際に使ってみると、その表情が見る見るうちに明るくなっていった。
「こんなに楽に瓦礫が持ち上がるなんて!」
「マスクも快適だ。これなら長時間作業しても大丈夫そうだ」
責任者も大喜びだった。
「これがあれば、作業効率が格段に上がる。それに何より、みんなの安全が確保できる」
その言葉を聞いて、俺とリサは顔を見合わせた。苦労が報われた喜びと、さらなる改善への意欲が湧いてくる。質にこだわった甲斐があった。
フィードバックを得た俺たちは、再びカリエルのもとへ戻った。現場での反応を詳しく報告すると、カリエルは満足そうに頷いた。
「性能は申し分ない。コストは、ギリギリといったところだが。これだけ現場の反応が良いのではな。こちらも、何か手を考えないわけにはいかないだろう」
カリエルは真剣な表情で俺を見た。
「合格だ。素晴らしいよ。また新しく課題が出てきたら、キミに相談したいね」
「光栄です。このあたりのお店の方々にもかなり協力していただいたので、私だけの力ではないですけどね」
「そのあたりは、報告書の詳細をよく読んでおくよ。ともかく、ありがとう」
こんなにも感謝してもらえるなんて。本気で求められているものを作るってのは、気持ちがいいものだな。
工房に戻ると、ガレスとミアがぐったりしていた。俺もかなりの疲労感がある。
ガレスは素材となるアイテムや武器の作成を、元々のショップ用に担当してもらっていた。明日からは、そっちに俺も加わらないと──と、思っていたのも束の間のことだった。
「ロアンさん、大変です。とんでもない注文が入りました」
リサが慌てた様子で俺に駆け寄ってきた。膝に手をついて息を荒くしている。
「どんな注文だ?」
「武器、防具、アクセサリー……それに、トラップ、回復アイテムなど、各百個です」
「なっ、なんだその注文!? どっからだ……?」
「隣町の自治体からです。なんでも、ダンジョンを使ったタイムアタック興行を催すらしく……」
俺は目が丸くなった。研究開発に没頭しているうちに、世間がどんどん進んでいく。
「納期は?」
「二週間後です」
リサは心配そうに俺を見た。
「当然お断りしますよね? 今の我々の生産能力では無理があります」
俺は少し考え込んだ。たしかに、今の生産体制では厳しい。しかし、この機会を逃す手はない。
「引き受けよう」
「え?」
リサが驚いた声を上げた。
「ロアンさん、それは無理です。今の我々では──」
「わかってる。俺がやる」
俺は静かに言った。
「俺自身のクラフトスキルの限界に挑戦したい」
リサとガレスは驚いた顔を見合わせていた。
「なんというか、この勢いのまま、やるべきだと思ったんだ」
ダンジョン探索は、その後にでも。俺はまず、自分のクラフトスキルと向き合うべきだ。未知の領域に、足を踏み入れたような感覚があった。
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