人を増やす

「やっほ、ロアン」


 キラキラした笑顔でシルヴィが工房に入ってきた。機嫌が良さそうだ。その後ろには、深紅の長い髪をした少女がついてきている。誰だろう。


「シルヴィか。珍しいな」


 俺は手元の作業を中断し、顔を上げた。シルヴィの横にいる少女は、きょろきょろと工房の中を見回している。


「聞いたよ。国のプロジェクトで復興の手伝いをしてるんだってね。しかも、自分から提案してるとか。ロアンってそんなタイプだったっけ?」

「んーまあ、色々と、思うところがあるんだよ」


 今はダンジョンに潜るのが流行りだ。そのためにビギナー向けの装備をたくさん作っている。だが、いくら趣向を凝らしたところで、求められるものにそれほどの幅があるわけじゃない。


 食傷気味、と言うには早過ぎるのだが、なんというか、単に金儲けのためだけにクラフトスキルを使い続けても、先がない気がしていた。


 綺麗事が言いたいわけじゃない。人助けに情熱があるわけでもない。ただ、復興支援をして、相手が国という大きな規模になったとき、俺は、そんなに、嫌な気はしなかった。


 自分の作ったものが認められたという評価結果は、何も金額の大小だけで決まるわけではないことがわかっただけ。根本にある承認欲求にそれほど変わりはない。前のパーティでは、頑張りに対してほとんど評価がされなかったから、その反動もあったのかもしれない。自分に何ができるのかを知りたかっただけだ。


「ん……で、その子は、誰なのかな?」

「ああ、そうそう。ねえロアン。お願いがあるんだ」


 シルヴィは少女の肩に手を置いた。


「この子はミアっていうの。ここで働かせてもらえないかな?」


 俺は驚きつつもミアを見た。年齢は15、6歳くらいだろうか。華奢な体つきで、どこか不思議な雰囲気を漂わせている。


「働かせるって……クラフトはできるのか?」


 俺の質問に、シルヴィが明るく答えた。


「エンチャントはロアンよりできるよ」

「はぁ?」


 俺は思わず声を上げた。クラフターっぽい風体をまるでしていないこの子が、俺よりできるだと? そんなことがあるのか。しかし、シルヴィが嘘をつくとは思えない。


「本当か? ミア」


 ミアは緊張した様子で頷いた。


「は、はい……多分」


 俺は考え込んだ。たしかに、人手は必要だ。しかし、こんなに若い少女が俺以上のエンチャントスキルを身につけているなんて。どういう経歴をしてるんだ?


「試させてもらおうか」


 俺は作業台から胸当てを取り出し、ミアに手渡した。


「これに、火属性防御のエンチャントを施してみてくれ」


 ミアは恐る恐る胸当てを受け取ると、目を閉じて集中し始めた。その瞬間、胸当てが淡い紅色の光に包まれた。光が消えると、表面には炎を押し返すような波紋が刻まれていた。


 俺は別で火属性強化エンチャントを施しておいた剣を手に取り、胸当てを叩いた。驚いたことに、胸当ては一切の熱を通さなかった。


「これは……」


 俺は驚きを隠せなかった。たしかに俺以上の技術だ。しかも、魔力の消費も最小限に抑えられている。魔法学校の出身なら、エンチャントだけは得意、という者も珍しくはないけど。失礼ながら、裕福な家庭の子にも見えない。


「シルヴィがそこまで言うなら、試験雇用ぐらいはしてみようか。どうせ人手は必要だったし」


 シルヴィが嬉しそうに拍手した。


「やったね、ミア!」


 ミアは小さく頷いた。その表情からは安堵の色が見えた。


 リサが作業場から顔を出した。


「お客様でしょうか?」

「新しい仲間だよ。ミアって言うんだ」


 リサはミアを一瞥し、淡々とした口調で言った。


「そうですか。よろしくお願いします」


 ミアは小さな声で「よ、よろしくお願いします」と返した。


 俺は二人の様子を見ながら、ふと思った。


(武具や装飾品を作れる職人も欲しいな)


 エンチャントだけでなく、基本的な武具製作ができる人材も必要だ。できれば、頑強な男性クラフターがいいな。それも、複数のレベル1以上のクラフトスキルを持っている者が理想だ。


「リサ、ミア。俺はちょっと出かけてくる。職人ギルドに行ってくる」


 リサが驚いた顔をした。


「新しい人材をお探しですか?」

「武具や装飾品を作れる職人を探してみようと思ってな」


 俺は外套を羽織り、工房を出た。街の職人ギルドに向かう途中、様々な思いが頭をよぎる。


(工房が大きくなったら、俺はその経営をして、事業拡大を目標にするべきなんだろうか)


 それも一つの成功の形だ。だが、俺が将来なりたいのは経済的な成功者か? なんだか、しっくりこない。では、やはり人助けか……。違う。売りたい。俺はたくさん武器を作って、それを買ってもらいたい。なのに、こんなにも恵まれている今が釈然としない。


 誰か、身近に尊敬できるクラフターがいれば、この悩みも晴れるんだろうけど。少なくとも、この国にいる間は望み薄だな。


 そんな疑問を振り払うように、俺は足早に歩を進めた。


 職人ギルドに着くと、受付で用件を告げ、候補者たちと面会した。数名の有望そうな職人がいたが、すぐには決められない。


 そのため、うちの工房で実技試験をさせてもらうことになった。候補者たちは快く承諾してくれた。俺は試験内容を伝えてから、工房へと戻った。

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