武具装飾を売ってみる

 準備が整い、いよいよ販売の日がやってきた。俺は早朝から、簡易的な展示台と看板を持って街に繰り出した。さて、どこに屋台を構えればいいだろうか。街の喧騒が耳に入ってくる中、俺は慎重に歩を進めた。


 まず目に入ったのは、中央広場だ。人通りは多いが、すでに露店が所狭しと並んでいる。そこに割り込むのは難しそうだ。それに、食料品や日用品を売る商人たちとは客層が異なる。武具を並べれば、他の商売の邪魔になる可能性もある。


 俺は中央広場を後にし、次の候補地を探した。冒険者ギルドの近くはどうだろう。装備を求める冒険者たちが多く集まるはずだ。しかし、そこにはすでに定評のある武具店が軒を連ねている。新参者の俺が割り込める余地はなさそうだ。


 街を歩きながら、俺は周囲の様子を観察した。復興作業が進む中、人々の表情は明るい。魔王討伐後の希望に満ちた空気が街全体を包んでいる。しかし、その中にも不安げな表情を浮かべる者がいる。おそらく、これからの生活の変化に戸惑っているのだろう。


 そんな中、俺の目に飛び込んできたのは、街の外れにある小さな広場だった。中央広場ほどの賑わいはないが、それなりに人の往来がある。しかも、露店はほとんど出ていない。


 ここなら、場所を確保できそうだ。俺は広場の隅に目をつけた。そこなら、人々の邪魔にならず、かつ目立つ位置だ。しかも、近くには休憩用のベンチもある。装備を見た後、そこで一息つきながら検討してもらえるかもしれない。


 決心がついた俺は、さっそく準備にとりかかった。まず、展示台を設置する。簡素なものだが、武具を並べるには十分だ。次に、看板を立てる。『特殊能力付き武具販売』と大きく書いた。これで、一般の武具店との違いをアピールできるはずだ。


 展示台に武具を並べていく。初心者向けの短剣、中級者用の長剣、そして魔力増幅の腕輪。どれも一般の鍛冶師なら作るのに苦労する特殊な能力を持つ品々だ。値札も丁寧に付けていく。


 朝日が昇り、人々の往来が増えてきた。好奇心に満ちた目で俺の屋台を眺める者もいる。


「おい、兄ちゃん。その武器、どんな特殊能力があるんだ?」


 最初の客が声をかけてきた。若い男性だ。俺は嬉しさを抑えながら、丁寧に説明を始めた。


「これは初心者向けと書いてあるけど、魔物を倒すたびに成長する剣なんだ。普通の剣より軽くて扱いやすい。低レアだから上限は早いけど、でも育てればD級でだって十分に通じる」


 男性の目が輝いた。


「へえ、すごいじゃないか! でも、そんなに凄い剣なら、きっと高いはず……いや、やすっ……くもないか。しかし、この軽さ……しかも成長するのか……下手な店で買うよりよっぽどいいんじゃないのか……」


 男は興奮した様子で財布を取り出した。この取引を見ていた周囲の人々も、俺の屋台に興味を示し始めた。


「ねえねえ、私にも何かいいのない?」

「俺も剣を探してたんだ。見せてくれよ」


 あっという間に、俺の屋台は人だかりで囲まれた。次々と質問が飛んでくる。俺は一つ一つ丁寧に答えながら、武具の特徴を説明していく。


「この腕輪は、着用者の魔力を増幅する効果があるんだ。魔法学校を出ても個人でダンジョンに入るときは不安だろ?」

「この盾は、ダンジョン内の罠を感知する能力がある。D級までは大したトラップはないけど、探索中の安心感は段違いだよ」


 客たちは目を輝かせながら、次々と武具を手に取っていく。消して安い値段ではなかったのだが、そのほとんどが購入へとつながった。これは完全に予想外で、流行り、というのは人の財布の紐を緩くしてしまうらしい。


「なああんた。ロアンだろ? グラムさんのとこにいた。たしか……すげぇパーティにいなかったか? あんまり、詳しくは知らないんだけどよ……」


 俺はパーティの中でも影が薄かったからな。


 しかし、その言葉を聞いた一人の客が驚いた様子で声を上げた。


「ってことは、君はクラフターなのか!?」

「まあ……はは。そうだね」


 別に隠すつもりがあったわけじゃない。元S級パーティの肩書でやりたくなかったから、自然と自分のことを隠していただけで。クラフターの存在自体は、そう珍しいものではない。グラムさんだって持っているスキルこそ少ないが、クラフターの一人だ。ただ、俺のように、ハイクラスのダンジョンの奥地にまでついていく生産職は珍しい。


「じゃあ、俺専用の剣を作ってくれないか?」

「私も魔法杖が欲しいんだけど、作れる?」

「防具も頼めるかな?」


 俺は圧倒されながらも、一つ一つの要望に耳を傾けた。確かに、オーダーメイドの装備を作ることもできる。しかし、それには時間がかかる。また、あまりに安く引き受ければ、他の職人たちの仕事を奪うことにもなりかねない。というか、ショップなんか開かなくても、受注販売という形式だってとれたな。全然考えつかなかった。でも、そうなると接客要素が強くなるし、面倒な客がついたらやだな……。


「あっ……」


 俺は背後に置いていた箱の中から取り出すふりをして、次元の指輪からまた商品を取り出していた。しかし、この予想外の人気に、在庫がもうなくなっていた。次元とか偉そうな名前がついているくせして、容量が小さすぎる。でも、これでも特B級装飾品の一つなんだよな……。


「すまない、もう売り切れだ。一応、明日も売り物を持ってくるけど、作る時間も必要だから、不定期になるかも……」


 売り出しを始めて初日で言うセリフではないんだがな。我ながら偉そうなことを言っている。もうちょっと真面目に考えて、準備万端にしてから始めるべきだった。しかし、そこそこ高めの設定にしたつもりだったんだけど、もうちょっと値段を上げないとほかのショップに睨まれるかな。


 途中からバレてしまった、元S級パーティのクラフターという情報も、購買者の安心剤になってしまったのだろう。いや、しまったっていうか、嬉しいことではあるんだけど、やっぱり複雑だ。


 俺は焦りながらも、冷静に対応しようと努めた。しかし、頭の中では次々と課題が浮かんでくる。在庫をどこに確保するか。このペースで売れ続けると、素材が足りなくなるのではないか。作業場所も、今の鍛冶場では手狭になるかもしれない。


 日が暮れるよりも前に客が捌けた。そう長い時間でもなかったが、ダンジョン踏破より疲れたな。売上を数えると、予想をはるかに上回る金額に、思わず目を疑った。いまは高級装備品の需要は薄れてしまっているけど、もしかしたら俺はもっと早くから稼げたんじゃないのか?


 いや、しかし、きっかけがなかったら商売なんか考えなかったし。そもそも、高ランクのダンジョンで苦労したからこその今だもんな。後悔するべきことなんてなにもない。


「これだけあれば、新しい素材も買えるし、作業場所の改善もできるかもしれない……」


 俺は明日への準備のことを考え始めた。しかし、同時に責任の重さも感じた。多くの人々が、俺の作る装備を信頼して購入してくれたのだ。その期待に応えなければならない。


「おい、君」


 俺の背後から声がかかった。


「ここで勝手に商売してるんじゃないよ」


 振り返ると、そこには街の警備兵が立っていた。

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