婚約破棄公爵令嬢リルオードは最後に第二王子の寵愛を受ける.03

「セシリー。これ。……今まで本当にありがとう」

「リルオードお嬢様……いけません……私には……受け取れません」

「いいのよ、セシリー。持っていって?」


 そういって、わたくしはセシリーの手の上の銀貨の入った袋と一緒に、優しく両手で包み込みました。


「申し訳……ございません……っ!」


 うううう。

 セシリーは、込み上げてきた涙をガラス球みたいに零して、泣いてくれました。


 あれから、三年。


 渡せたのは、当面の生活費だけ。

 それでも、今のイングラム家から捻出できる最後の現金でした。

 ひとりまたひとりと去っていくメイドや執事たちの中で、彼女だけが最後まで残っていてくれたのです。

 でもそれも潮時。

 このまま沈む船に乗せ続けるわけにはいかない。

 わたくしが、そう判断いたしました。


 がちゃん。


 文字通り何も無くなった玄関のホールのドアが閉まって、セシリーはこのイングラム家から無事、自由になってくれました。

 この家に残っているのは、僅かな調度品と両足を砕いて寝たきりの母様とそのベッドだけ。

 父様はなんとか公爵家を再建させようと必死に昼も夜も働くも、二ヶ月前イングラム家は破産。

 差し押さえられた我が家の調度品が運び出されるのを見ながら、突然倒れて動かなくなりました。

 お医者様が駆けつけましたが時既に遅く、病院のベッドの上で目を覚ましません。

 どうやら、心の臓は動いているけれど、心を司る部分がもう生きてはいないそうです。

 いつ逝かれてもいいように、覚悟をなさっていて下さい。

 お医者様はそう言うと、深く頭を下げたのです。


 わたくしも、二十を超えてしまいました。

 もう有望な家は、私を嫁に取ることなど無いでしょう。

 僅かに残った調度品も、父様の入院費と母様の介護でひと月も持たないでしょう。

 鏡の前で座ります。


 ──がんばらなきゃ。わたくしも。


 さっき、セシリーに締めてもらった──彼女に言い渡した最後のお仕事でした──コルセットの上の胸元を降ろしてみます。

 ……幸い、他の女性より少しだけボリュームがあります。

 胸を寄せて、谷間を作って……

 明日にでも歓楽街に行こうと決めました。

 王太子陛下もお見捨てになられるような容姿ですから、そこまで稼ぐことは出来ないかもしれません。

 でも、やるしかないのです。

 もう、イングラム家でお金を稼げるのは、わたくししかいないのですから。


 その時。

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