アーティフィシャル・アーツ

外清内ダク

アーティフィシャル・アーツ(本文)


 ユウキ(14歳)は、毎日厳格な規則に縛られた学校と家庭での生活を送っていた。朝は決まった時間に起き、決まった時間に朝食を取り、決まった時間に家を出る。学校でも同じように、時間通りに授業を受け、時間通りに課題をこなす。ユウキの両親は非常に厳しく、成績や進路に対するプレッシャーを常にかけてきた。


「医者になりなさい。お前の未来のためだ。」


 父の言葉がユウキの耳に何度も響く。しかし、ユウキの心の中には別の思いがあった。ユウキは絵を描くことが好きだった。色を使って自分の感じたことを表現するのが楽しかった。美術の授業は唯一の楽しみであり、夢中になって絵を描くことで、厳しい日常から逃れることができた。


 しかし、両親はユウキの夢を理解してくれなかった。彼らは医者になることが安定した未来を保証すると信じており、ユウキの才能や夢を無視して医者になることを強く望んでいた。


「美術なんて将来性がない。そんなことに時間を費やすな。」


 母の冷たい言葉に、ユウキは胸が締め付けられるような思いをした。自分の本当の気持ちを抑え込み、両親の期待に応えようとする日々が続いていた。友達とも話せない本音を抱えたまま、ユウキは孤独な気持ちで学校と家を往復していた。


 そんなある日の放課後、ユウキは偶然にも公園で同じ学校の先輩・リョウタ(16歳)と出会うことになる。リョウタはユウキとは全く違う、自由奔放な生き方をしているようだった。ユウキの中に、抑えきれない興味と憧れが芽生え始めていた。



   *




 ある日の放課後、ユウキはいつものように学校の規則に従い、部活動もせずに真っ直ぐ家に帰るはずだった。しかし、その日はなんとなく家に帰りたくなかった。頭の中には、いつも通りの叱咤と期待が渦巻いていた。無意識のうちに足は公園に向かっていた。


 公園に着くと、ユウキはベンチに腰を下ろし、持っていたスケッチブックを取り出した。何も描く気になれなかったが、鉛筆を握ると少しだけ気持ちが落ち着いた。そんなとき、ふと視線を上げると、一人の先輩が目に入った。


 リョウタ(16歳)は、公園の隅にあるベンチでギターを弾いていた。彼の姿は自由で、何の束縛も受けていないように見えた。ユウキはしばらくその様子を見ていたが、リョウタがこちらに気づき、手を振った。


「おい、ユウキ!何してるんだ?」


 ユウキは驚きつつも、リョウタの呼びかけに応えて近づいた。リョウタとは同じ学校の先輩で、あまり接点はなかったが、噂では自由奔放な性格だと聞いていた。


「こんにちは、リョウタ先輩。ちょっと、スケッチをしようと思って…」


「スケッチか。いいね、芸術家か?」


 リョウタの言葉に、ユウキの胸が少しだけ温かくなった。初めて自分の趣味を肯定されたような気がした。


「まあ、そんな感じです。でも、家ではあまり描けないんです。両親が…」


 ユウキの言葉はそこで途切れた。リョウタは少しだけ笑って、ギターを置いた。


「そうか。だったら、俺と一緒に来ないか?もっと自由に描ける場所を知ってるんだ。」


 ユウキは一瞬ためらったが、リョウタの誘いに強く引かれるものがあった。今まで経験したことのない自由な世界に触れてみたいという欲求が抑えられなかった。


「行ってみたいです。」


 ユウキの答えに、リョウタは満足そうに頷き、二人は公園を後にした。リョウタはユウキを夜の街へと連れ出した。ネオンが輝く繁華街、夜風に乗って聞こえる音楽、路上アーティストたちのパフォーマンス。ユウキはそのすべてに心を躍らせた。


「ここが俺たちの自由な世界だ。好きなことをやりたいだけやれる場所だ。」


 リョウタの言葉に、ユウキは深く頷いた。初めての自由な体験に心を躍らせる一方で、両親や学校の規則を破ることへの罪悪感も同時に感じていた。しかし、その夜の冒険はユウキの心に大きな変化をもたらした。自分の夢を追いかけることの大切さ、そしてそのために必要な勇気を少しずつ感じ始めていた。



  *




 ユウキはリョウタとの出会いをきっかけに、自分自身について深く考えるようになった。夜の街での冒険は続き、その度にユウキは新たな刺激と発見を得ていた。夜の街には、彼が今まで知らなかった多様な世界が広がっていた。


 ある晩、リョウタはユウキをアートギャラリーに連れて行った。そこには、プロのアーティストだけでなく、地元の若者たちが自分の作品を展示していた。ユウキは色とりどりの絵や彫刻に心を奪われ、自分の夢がさらに明確になっていくのを感じた。


「すごいな、これ全部学生たちが描いたのか…」


 ユウキは感嘆の声を漏らした。リョウタは微笑んで彼に言った。


「そうだよ。ここに展示しているのはみんな、君と同じように自分の夢を追いかけてるんだ。君もここに自分の作品を飾れる日が来るかもしれない。」


 ユウキはその言葉に勇気をもらい、自分の絵をもっと描きたいという強い思いに駆られた。そして、リョウタの言葉に触発され、ますます自分の夢を追いかけることへの決意が固まった。


 ある日、ユウキはリョウタと一緒に夜のカフェで話していた。リョウタはユウキに向かって静かに語りかけた。


「ユウキ、君は本当に医者になりたいのか?」


 ユウキは少しの間沈黙した後、正直に答えた。


「正直に言うと、医者にはなりたくない。僕は絵を描くことが好きで、美術の道に進みたいんだ。でも、両親はそれを理解してくれない。」


 リョウタは真剣な表情でユウキを見つめた。


「君の人生は君のものだ。誰かの期待に応えるために生きる必要はない。自分の夢を追いかけるためには、時には誰かと対立することも必要だ。」


 ユウキはリョウタの言葉に深く共感し、自分の心に誓った。これからは、自分の夢を追いかけるために行動しようと。夜の街での冒険を通じて、自分が本当に望むことや、自分の人生をどう生きたいかについて、ユウキは少しずつ見えてきた。


 そして、ユウキは決断の時が来ることを感じていた。両親と正面から向き合い、自分の本当の気持ちをぶつける準備をしていた。リョウタとの出会いと夜の街での経験が、ユウキに大きな勇気を与えていた。



   *



 ある日、ユウキは意を決して両親と向き合うことに決めた。夕食の時間、静かな食卓に緊張が漂う中で、ユウキは口を開いた。


「お父さん、お母さん、僕、話したいことがあるんだ。」


 両親は顔を上げ、ユウキを見つめた。父は少し不機嫌そうに眉をひそめたが、母は優しく促した。


「何かしら、ユウキ?」


 ユウキは深呼吸をして、自分の気持ちをぶつける決心を固めた。


「僕、医者になりたくない。絵を描くことが好きで、美術の道に進みたいんだ。」


 その言葉に、両親は驚いた表情を浮かべた。しばらくの沈黙の後、父が厳しい声で答えた。


「そんなことは許さない。美術なんて将来性がない。医者になることが君のためだ。」


 ユウキは父の言葉に胸が痛んだが、もう後には引けなかった。


「お父さん、お母さん、僕は自分の夢を追いかけたいんだ。医者になるのはお父さんたちの夢であって、僕の夢じゃない。絵を描くことで、自分を表現したい。自分の人生を自分で決めたいんだ。」


 母は涙を浮かべながら、ユウキの言葉に耳を傾けていた。


「ユウキ、本当にそれがあなたの望みなの?」


 ユウキは力強く頷いた。


「はい。本当にそう思ってる。絵を描くことが僕の生きがいなんです。」


 両親はしばらくの間、ユウキの言葉を受け止めるように沈黙していた。父はやがて深いため息をつき、目を閉じて考え込んだ。そして、静かに口を開いた。


「ユウキ、お前の気持ちはわかった。だが、お前の将来が心配だ。絵を描くことで本当に食べていけるのか?」


 ユウキは両親の心配を理解しつつも、自分の決意を固めた。


「分かっています。簡単な道ではないことは。でも、それでも挑戦したいんです。自分の夢を追いかけることが、僕にとって一番大切なんです。」


 母は涙を拭いながら、ユウキの手を握りしめた。


「ユウキ、お母さんも応援するわ。あなたが本当にやりたいことを見つけたのなら、その夢を追いかけなさい。でも、決して諦めないで。」


 ユウキは母の言葉に感謝の気持ちを抱き、父の厳しい顔を見ながらも、その奥にある優しさを感じ取った。


「ありがとう、お母さん、お父さん。」


 その夜、ユウキは初めて自分の気持ちを両親に伝え、大人と対等に向き合うことの難しさを知った。しかし、その過程で彼は自分の意志を貫く決意をさらに強くした。



   *



 数日後の夜、ユウキは再びリョウタと一緒に夜の街へ出かけた。今回はリョウタに依存するのではなく、自分自身の意志で行動することを決意していた。二人はアートギャラリーの前で立ち止まった。


「今日はここで何かあるの?」


 ユウキが尋ねると、リョウタは微笑みながら答えた。


「そうだよ。今日は若いアーティストたちが集まって、自分の作品を展示するイベントがあるんだ。ユウキにも見せたくて。」


 ギャラリーの中に入ると、ユウキはすぐに色とりどりの作品に囲まれた。絵画や彫刻、写真、インスタレーションアートなど、多種多様な表現が並んでいた。ユウキの目は輝き、心は興奮に満ちた。


「すごい…こんなにたくさんの作品が…」


 リョウタはユウキの背中を軽く叩いて励ました。


「君の作品も、ここに並べられる日が来るさ。」


 その言葉にユウキは力強く頷いた。自分もこの場所で、自分の作品を通じて何かを表現したいと思った。


 イベントが終わった後、ユウキはリョウタに感謝の気持ちを伝えた。


「リョウタ先輩、ありがとう。僕、決めたんだ。美術の道を進んで、自分の夢を追いかけるって。」


 リョウタは満足そうに笑った。


「それでこそユウキだ。これからも応援するよ。でも、君自身の力で切り拓くんだ。」


 ユウキは感謝の気持ちを胸に、ギャラリーを後にした。翌日、ユウキは学校に行く前に決心したことがあった。彼は学校の美術部に入部することを決めた。部活の顧問に自分の絵を見せ、入部を希望すると、顧問は驚きつつも歓迎してくれた。


「君、こんなに素晴らしい才能があったんだね。ぜひ、美術部に入って一緒に活動しよう。」


 その瞬間、ユウキは自分の夢に一歩近づいたことを実感した。両親にはまだ完全には理解されていないかもしれないが、ユウキは自分の意志を貫く決意を固めていた。


 数か月後、ユウキの作品はついにアートギャラリーで展示されることになった。両親もその展示会に足を運び、ユウキの作品を見て涙を浮かべた。


「ユウキ、本当に立派だよ。」


 父のその一言に、ユウキは胸が熱くなった。自分の夢を追いかけることの難しさと喜びを実感し、これからも挑戦し続ける決意を新たにした。


 ユウキはリョウタと再び街の夜景を眺めながら、自分の夢に向かって進む新たな一歩を踏み出した。自由な世界に足を踏み入れ、自分の人生を自分で切り拓くことを誓いながら。



THE END.


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