第7話 変わること、変わらないこと

 ――1年後。


「ぅ!」


 そこには元気に木剣を振る少年、アンジュがいた。


「ふふ、いい剣筋だ! だが、もっと腰を意識したらさらに良くなるぞ!」

「……!」


 ここ最近は一緒に剣を振ったり城壁を走ったりして過ごすことが多い2人。

 同じ回数剣を振り、同じ速度で走る。


 シルヴィアにとって意外だったのは、それでも良い訓練になったこと。

 それどころか質がよくなっているのを感じていた。


「(いたずらに数をこなすよりも1つ1つの動作を意識した訓練の方が勝ることもある、そう気付かせてくれたアンジュには感謝しかない!)」


 この1年、アンジュを愛でる気持ちは一層強くなっていったシルヴィア。。


「ふっ! うっ!」

「ふふ」


 必死になって剣を振るアンジュを、可愛くてしょうがないとでも言うかのように微笑みながら剣を振るシルヴィア。


「(いかんいかん! 意識を集中して……足から腰へ……否、大地から足! そして腰!)」

「んっ! んっ!」

「(さらに……腕の力は抜いて……そう鞭! 私の腕は鞭!)」

「んっ!」

「はぁっ!」


 シルヴィアの放った渾身の斬撃。

 そこから何か衝撃波のようなものが飛んだ。


「きゃぁっ!?」

「ひゃぁ!?」


 離れたところで見守っていたセーラも、真横にいたアンジュも今まで見たこともない現象にただただ驚いている。


「な、何だ今のは……!?」


 衝撃波を放った本人ですら理解できていなかった。




 この世界には魔法がある。

 ただし、それはほんの一握りの人間を除いて魔物の専売特許。


 魔法を扱うのに重要な魔素、それに近い構造をしている魔物は即座に発動できるのに対し、人類には長い詠唱が必要だった。

 更に出力においても、ほとんどの人間は魔力を外に出すことができず、出せたとしても威力は大きく劣っていた。


 この2つの差が戦いにおいては圧倒的で埋めようがなかった。


 現に騎士団でも魔法を戦闘に用いてはいない。

 とにかく速く、物量で押しまくる。それが人間の戦い方であった。


 その為、今シルヴィアの放った斬撃が魔法なのか何なのか誰にも分からなかった。




「……恐らく、アンジュのおかげだ」

「ふぇ……?」

「アンジュのことを考えるといつも力が湧いてくる! 今のはそれが振り切ってしまったからだろう!」

「……ぅ!」


 はしっと抱き合う2人。


「さぁ! 今のを忘れないうちに剣を振るぞ!」

「うっ!」


 この日、数回衝撃波を出すことに成功したシルヴィア。

 その先にある城壁が崩れ、大問題になったのは言うまでもなかった。


 ◆


「久しぶりの騎士団としての仕事だ!」


 シルヴィアが嬉しそうに叫びながら家に戻って来た。

 先程の崩れた城壁の件で呼び出しをくらい、父親である騎士団長にこってり絞られたシルヴィア。


「そう、ですか」


 アンジュを見ながら心配な顔をするセーラ。


「安心しろ! アンジュも一緒にいられる内容だ! 早速行くぞ!」

「えっ!? 今からですかっ!? 何も準備できていないのですが……」


 アンジュの手を取り、駆け出そうとするシルヴィア。

 あまりにも急な展開に、当たり前の疑問を投げるセーラ。


「問題ない! 場所はすぐそこだからなっ!」

「えぇっと……」


 連れて来られたのは徒歩数分。

 シルヴィアが破壊してしまった城壁がある場所だった。


「城壁の修繕が完了するまでここの警備をする、それが私の仕事だ!」

「……」


 自分が原因でできた仕事なのにどうしてこうも堂々としていられるのか。

 セーラにはそれがわからなかった。


「さぁ! ここでなら思う存分剣を振れるぞ!」

「うっ!」

「……」


 深く考えるのはやめよう、そう改めて決意したセーラだった。


 ◆


「さて、そろそろ休憩しようか!」


 アンジュがちょうど100度木剣を振った時、シルヴィアがそう提案する。


「なかなか続くようになったなアンジュ! 私は嬉しいぞ!」

「……うー!」

「そうですねぇ~……」


 シルヴィアがアンジュを引き取っておよそ1年。

 当初から比べ、見違えるように体力がついてきている。

 健康的な顔色、体にも肉がついてきておりあの頃とは大きく異なっている。


 一方で変化のないこともあった。

 昏い瞳と――。




「……身長、変わらないですね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る