胎内怪奇

文字を打つ軟体動物

探しています

 いつもと変わらない入院生活。

 手術には怖くて踏み出せず、延命治療だけで一生を終えようとする僕は、このいつもと変わらない生活をどれだけ長く過ごせるだろうか?


 そう思っていた矢先に、腹に激痛……というほどでもない痛みが走る。

 痛み止めってなんだよ、効いてもこの程度じゃないか。

 この痛みをなんとかできるかもしれないとはいえ、肝臓を摘出なんて嫌に決まってる。

 それに、出血量が多いとかで手術の難易度も高いそうだ。


 それにこの……腹水だったか、この膨れ上がった腹。

 このせいでずっと苦しいが、これも大分まずい……いや、場合によっては癌よりもひどいらしい。


 僕はもう長くない。

 医者によれば、あと2ヶ月保てばいい方だそうだ。


 ……死への恐怖が溢れ出す。

 趣味もなく、生きていても仕方がないかもしれないが、それでも死にたくない。

 あえて理由をつけるのなら……死んだ時、僕を覚えていてくれる人がいないからだ。


 僕がいなくても当たり前のように回り続ける社会が怖い。

 僕がいなかったかのように社会が動き出すのが怖い。 


 そんな事を考えているうちに、カウンセリングの時間がやって来た。

 僕はあまりこの時間が好きではない。

 苦痛を和らげるためと言い、望んでもいないのに話しかけてくる。


 話が始まるというところで、僕は気付く。

 心理士がいつものババアじゃない。


「あの……いつもと違う方、でしょうか?」


「そうです、よくわかりましたね! 言乃葉 海輝コトノハ カイキさんでしたっけ? 私は雨宮 莉子アメミヤ リコです、よろしくお願いします!」


 莉子さんは若々しく、明るい空気を纏っているように感じさせる。


「……随分と元気ですね」


「ここにいる方は、大体が生きることを諦めてしまっていると聞きました。だから、死ぬまでの間だけでも、元気に生きて楽しんでもらいたいんです! そのためにはまず、私から元気にしないとだめですから!」


 その眩しい笑顔でそんなことを言われると、自分の人生の空虚さを嫌でも実感せざるを得なくなる。


「……これから死ぬっていう人と向き合って、つらくならないんですか?」


「目の前にいる人に対して、何もできないほうがつらいです。だから、私のエゴだとしても……最期くらい、楽しく生きてほしいんです!」


 眩しくて眩しくて。

 もう、その笑みをやめてほしいくらいに。

 だって……そんな目で見られたら、僕は嫌でも楽しく生きなきゃいけなくなるじゃないか。


「そうですか。では、未練にならない程度に」


「やりたいことができたら、いつでも言ってくださいね!」


「ありがとうございます」


 莉子さんはカウンセリングと呼ぶには短すぎるであろう会話の後、病室から去っていった。


 ……やりたいこと、か。

 今から見つけるにしても、遅すぎやしないだろうか?





 やりたいことについて考えるのにも飽きてネットサーフィンを楽しんでいると、僕はよくあるような怪談まとめサイトに辿り着く。

そのサイトでは、『くねくね』から『きさらぎ駅』、『トイレの花子さん』まで、子供の頃に読み漁った怪談が沢山まとめられている。


 あまりの懐かしさに、僕はそのサイトを時間を忘れて読み漁った。

 知らない都市伝説、UMA、伝承、創作。

 背筋が寒くなるような話を読んで、読んで……そして。


 僕は、思いついた。


 死にたくない。

 やりたいことがない。

 その2つに対する答えを、見つけてしまったんだ。


 顔も知らない、昔の偉い人は言った。

「人は、忘れられた時に本当の死を迎える」

 見舞いに来る家族も友達もいない僕には、生物学的な死と本当の死が同時に訪れる。


 そんな事あってたまるか。


 忘れられたくない。


 そう、僕が、多くの人の記憶に残ればいいのだ。


 僕はこれから、怪談になる。

 怪異として、この世に、生まれなおすんだ。

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