バタフライエフェクト
谷本です。
第1話 見慣れぬ、青空
「見慣れない青空」
いや、厳密には青空という言葉が指す事象は基本的に一つしかないはずだ。
空は四角だったり三角だったりすることはない、今見上げている空も例に漏れず平面でゆったりと雲が流れている。
問題は家で寝ていたはずなのに起きると青空を見上げ、木々に囲まれ、草と土の上で寝転んでいることだ。
正直異世界転生なんて考えたくない、台風で飛ばされたくらいなら笑い話にはなると思うのだが。
そんなどうでもいいことを考えられる時点で精神的に安定していることは確実だ、まずは不安要素を消すために情報を集めていくべきだろう。
「草丈は20㎝、葉の形はイネ科に近く根も浅い、特筆すべきところのない雑草ではあるが」
植物の特徴はその地域の環境に依存している場合が多い。
よく見る草ということはここら一体の環境は極端なものではないと思ってよさそうだ。
しかし手首ほどまで土を掘ると若干の湿り気を感じる、3.4日前に降雨があったのかもしれない。
全く知らない土地で雨に濡れるのは非常に危険だ、雨をよけるには恐らく森林の中に入っていくのが手っ取り早い。
危険なことは考えなくてもわかるが今どこにいるのかすらわからない以上、何をしても結果は変わらないだろう。
ガチでめんどくさいこの状況。
ネガティブな考えが頭の中を渦巻いていく、そんな嫌なことばかり考えていると知らぬ間に足は無警戒に森を歩いていた。
視線は足元から周囲へ、一歩ずつ確実にそれでいて周辺の情報を見逃さない。
そもそも山以外にこんなにも木が自生しているのを見たことがない、今のところ顔のついた木もないし
禍々しい植物もない。若干緩みそうになる気持ち引き締めながら周辺を探索していく。
「………これ罠っぽいよなぁ、明らかなカモフラージュと通りやすい道の真ん中」
不自然に草が床に盛られている、よく見れば茶色のツタが木に沿うように枝まで伸びている。
多分この盛られているところを踏んだ対象をツタで吊るし上げるタイプ、よく見れば盛られた草はまだ元気がある、恐らく作られてからそこまで時間は経ってないだろう。
知性のある生命体がどこかにいる可能性は高まったが攻撃性の有無がわからない以上安心はできない。
熟考するのはいいがこんなことが続いていくのかと思うと考えるのも歩くのも嫌になってくる。
かといってフラフラと動けばどんな目にあるかもわからない、丁度いい丸太を見つけて腰を下ろして少し頭を休めることにした。
グッタリと視線を下すと不自然に鋭利な何かが埋まっている、石の類ではない恐らく刃物だろう。
掘り起こしてみると思ったより小さい、刃渡りは7㎝弱、持ち手は握るには小さく指三本程だろうか。
刃の部分は金属のような感じはせず石や鉱石といった雰囲気の原始的な刃物だ。
「緑のアイツだよなぁ……最悪な展開しか思いつかん」
ピンとくるのは緑の小鬼、ゴブリンだ。
原始的な罠にナイフ、子供の手ならしっくりくるサイズのナイフの持ち手。
確定ではないが不安が強まる、いっそのこと姿が見えたほうが対策の練りようがあるだろうに。
一人でため息をついていると聞きなれない、声とも言い難い唸るような声が後方遠くから聞こえてきた。
「ギ……ギィ…ギィ…」
たまたま屈んでいたのが幸運だった。
その、言葉か鳴き声か判別のつかない音からは情報を得ることはできない。
さらに身を低くし声の主を確認するため、音をたてぬよう恐る恐る体を声のほうへ向ける。
不運にも予感は当たっていた。
皮膚は緑色
背丈は小学生かも怪しいレベル
皮膚の上から骨の形がわかるほど痩せ細った四肢
それとは対照的な太った腹部
顔の半分を占めていそうな大きな鼻と獣のような目つき
胸の内側から叩くような、激しい鼓動が止まらない。
歩きづらそうに背丈の高い草をかき分けながら、何かを探すゴブリンの手には
赤く黒い液体が滴っている。
動き回るゴブリンとの距離は5mもなく、逃走の選択肢は頭から消えていた。
戦わざるを得ない、隠れてやり過ごすのがベストだがもし見つかった場合
先手を打たなければ負傷する確率はかなり高いだろう。
見た目通りの身体能力であれば負ける要素は無い、仲間が付近にいる可能性を考慮して仕留めた後は素早く現場から離れなければならない。
「ギィ…………?」
罠の前で立ち止まり不自然に鼻を鳴らし始める。
ナイフと罠に頭を悩ませていたせいか、獣にしか感知できない臭いが残っている可能性がある。
深く息を吐き、呼吸を浅くし集中力を高める。
「ギィ! ギィ! ギィ!」
呼吸を荒くしたゴブリンが臭いを辿り、身を潜めてい俺のもとへ直進する。
大きく息を吸った俺はゴブリンに向かって飛び出す。
足の親指からふくらはぎへ!
爆発的なエネルギーが下半身を駆け上がり!ハムストリングスが燃え上がる!
全力の跳躍によって2m近くあった距離は一瞬にして縮まり
ゴブリンの頭部は蹴り上げるのに絶好の位置だった。
頭から足の先まで、全ての重心が前方へ向かう。
しかしその着地は恐ろし程に柔らかく静かで、滴る水滴のようだった。
脱力された右足による着地は、跳躍のエネルギーを左足の蹴りに集約させた。
無駄な力は必要なく、声を荒げることもない。
洗練された肉体は、全自動的に最適な肉体操作を行っていた。
日本刀のように弧を描き、渾身の蹴りはゴブリンの首へ迫る。
「ギ!」
緑の小鬼はほぼ声を発する余地もなく、男を視認した次の瞬間に
轟音と共に頭部は爆発し、胴体は衝撃波により木に激しく打ち付けられる。
その一撃は 音を置き去りにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます