第三話 追憶

――どこか面白い所、案内してくれよ。


 言われた側の事など微塵も考えていない身勝手な台詞をぶつけられたミーナは、その言葉の主であるフィオレンティーナと共に、午後の太陽の照り付ける大通りを歩いていた。


「やはりこのラドフォードの街には既視感を感じるな。当然って言えば、当然だが」

「どうしてフィオレンティーナ様は、当然って思うんですか?」

「数百年前に異端とされた術士の集団がアルサーナの都から落ちのびて、その街並みを再現したのがラドフォードと言われている事も知らないのか、まったく。ところでだ……」


 なるべく陽光に晒されぬよう、日陰を縫うように歩いて二人だったが、言葉を区切った女王フィオレンティーナは急に歩みを止める。


「どうかしました、フィオレンティ……」


 すると異変に気付き、声を掛けようとしたミーナの言葉を遮るようにフィオレンティーナは再度口を開いた。


「様付けは止めろ。それと今のあたしはフィーネ、フィーネ・シャリエだ」


 ついさっき、少女の祖父に見せた可憐さなど何処へやら。凄みを利かせるその姿は、自身の望むままに国を改めた、女王フィオレンティーナそのものだった。

だがそんな事を思っても口に出すことが出来ようか。ミーナは首をすくめつつも笑顔を作ると、女王の言葉に従う意思を見せる。


「き、気をつけます、フィーネさん……」


 その言葉を聞いたフィーネは満足そうに頷き、それを見て安堵する少女とともに再び歩みを進め始めた。




 さんさんと陽光を降り注がせる太陽の下、その光をきらきらと煌めかせる小川のほとりに、二人の娘の姿があった。


「釣れないぞ」

「そんな事言われても……」


 面白い所と言われても、娯楽など殆どないラドフォード。そこでミーナは、王族という身分の者がした事の無さそうな遊び、魚釣りにフィーネを連れて行ったのだった。

 二人はファロン道具店――ミーナの幼馴染であるジェフリー・ファロンの両親が営む店――で借りた木製の竿を握り、のんびりと下流へと流れる浮子を見つめていた。やがて、糸の長さの限界まで浮子が流れきると、竿を上げて餌の有無を確認する。


「魚は肉を食うのか?」

「フィーネさんは虫、触れますか? わたしは触りたくないな。だからこれで我慢してください」


 釣り針につけられている、干し肉の欠片を唾液で戻した物は先程から減る事無くその姿を留めている。


「毛鉤は無いのか? 昔、叔父様の所で釣りをしたときは、虫を模した毛鉤を使ったぞ」


 そんな餌の状態を見つめたフィーネは右手に竿を、左手で針を持ったまま、目だけを少女の方に動かして、そう言った。


「毛鉤は高価だから貸してもらえません。……にしても、釣りしたことがあるなんて意外だな」

「セレスと一緒に叔父様の所に行った時に、よく釣りはしたよ。叔父様は釣りが好きで、三人そろって屋敷の裏手の森にある川で竿を出したものだ」


 エリーをセレスと呼び、昔を懐かしむフィーネの表情はどこか寂しげで、そんな彼女を横目で見遣っていたミーナは、思わず視線を下げた。


「やっぱり、エリーに戻ってきて欲しいんですか?」


 けれどもそんな少女の気を遣うような所作に気付いたのか、フィーネはミーナの方をしっかりと向いて言葉を返した。


「戻ってきて欲しくないと言ったら嘘になる。だが離れていても生きているのであれば、それだけで十分だ」


 口角を上げて笑顔を作ったフィーネは、悲しげな表情の少女にそう語ると、今一度小川の、釣り座の正面を向き直した。


「それに……、いや、何でもない」


 前を見据えて、言い掛けた言葉を飲み込んだフィーネは、しわだらけの紙の中に雑に包まれた干し肉の欠片を一つ取ると、それを口に含む。


「毛鉤が無いんじゃ、これでやるしかないな。虫は触るのも嫌だが、針に付ける時はもっと嫌だ」


 フィーネは喋りながら、もごもごと口を動かすと、湿り気を取り戻した肉片を口から出し、それを釣り針に付け直す。そして、ゆっくりと竿をあおり、餌を流れの中央へと振り込む。

 そんな彼女の姿を見ていたミーナは、眉こそ八の字のままだったが、口元を緩ませた。


「ねえフィーネさん、何か思い出話をしてくれません」

「そう言われてもな、何を話せばいいかわからないぞ」


 再び沈黙に包まれ、ゆっくりと小川を流れる浮子を眺める二人。


「……そうだ! エリーが子供の頃の話とか聞きたいな!」


 小川の辺に少女の声が響くと、フィーネは一瞬思案顔になったが、すぐ様に少々意地の悪そうな笑みを浮かべて言葉を返す。


「よし、それならあいつが子供の頃はそこまで出来が良くなかった話をしてやろう。でも、口が裂けても、絶対にこの話を聞いた事をセレスには言うなよ。……あれはまだ母様が生きていた頃、あたしが成人する前の年だったかな。毎年、今時分になると、あたしとセレスは避暑がてらに叔父様の所に預けられていたんだが……」


 未だにその表情に残っていた寂しさを吹き消すかのよう鼻を鳴らしたフィーネは、きらきらと輝く清流を見据えたまま、ゆっくりと語り出した。

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